16 孤高の道を征く者達④
青白い竜の牙が胸元に食らいつく刹那、それでもギリギリのスウェーバックで直撃を回避したのは達人の意地と言ったところか。だが無傷とは行かず、漆黒の戦装束は引き裂かれ、無数の黒い羽根が中空を舞い散る中、昇竜が如き飛翔を見せたセバスが赤い絨毯へと着地し――手刀にまとった青白い竜闘気が、見る間に刀身の長さを増す。
「ドラゴニックソード……とでも呼びましょうか。私が今持てる全てを、貴方にぶつけてみせます」
「面白い。その竜の牙、果たして私に届くかな?」
セバスが正眼に構えると同時に、アーシュラの槍が強大な深紅の稲妻をまとう。触れた相手が弾け飛ぶような密度の闘気を前に、ウェナブルーが敢然と立ち向かうべく疾駆する!
「このアーシュラを相手によくやったと言うべきだが、リーチで槍に勝てるとは思わんことだな!」
一直線に突進するセバスを完全に叩き潰すべく、まさに疾風迅雷の勢いで横一文字を描く。完璧なタイミングで放たれた深紅の軌跡――極限まで感覚が研ぎ澄まされた今のセバスにとって、アーシュラの闘気が『可視化できるレベルで』強力であるという点は、僅かに残された勝機への道筋であった。
「――見えた! ウェナブルー・スラッシュ!」
魔装を通して感じられる闘気の流れが視覚と連動した瞬間、振り下ろされたセバスの剣はアーシュラの槍の柄を捉え――穂先が回転して床に刺さった時、彼女は愛用の槍が真っ二つに両断されたことを知った。
「うっそ、マジで!?」
低く抑えた声から一転して素っ頓狂な声を上げるアーシュラだが、すぐに落ち着きを取り戻してセバスへと向き直る。
「まさか闘気の流れを見切り、あまつさえ槍を破壊するとは……見事だ、貴公の実力を認めよう」
穂先を失った槍の残骸を投げ捨て、右手を差し伸べるアーシュラ。セバスもまたドラゴニックソードが消滅した右手を差し伸べ返し、両者は固い握手を交わすのであった。
「よォ、あの頃よりも随分と強くなっちまったなァ。それが俺達の元を離れることで得た力……ってわけかい」
いつの間にか近くまで来ていたシキョウが、アーシュラの投げ捨てた槍を拾い上げ、その断面を眺めながらしみじみと語りかける。迷いを抱えながら戦っていたアズール・プルミエ時代よりも、今のウェナブルーの方が力強く見えるのは、ある意味当然であるとも言えた。
セバスがそれに答えようとした時、不意に魔装が解けると同時に膝をついてしまう。
「……情けない話ですが、後先を考えずに最大限の出力で戦い続けた結果がこれです。そうでもしなければ、とてもアーシュラさんとは戦えなかった」
これが機甲戦団ガイデスの全てを相手取る戦いであったならば、後に控えるゼーエンやシキョウに今の自分が敵うはずもなく、たった一人で魔導戦艦バルデアスにまで赴いたのは無謀であったと認めざるを得ない。ましてや、仮にアーシュラがセバスを殺す気で戦っていれば、例え槍を破壊されようが幾らでも技があったはずである。シキョウもその心情を理解したのか、
「まァ、今回はお前の勝ちってことでいいじゃねェか。――今回は大サービスだ、これでも食っとけ」
懐から何かを取り出し、セバスへと放り投げる。それはツヤツヤと瑞々しい緑色の豆であり、それを口にしたセバスは体力、そして気力が一瞬にして完全に回復したことに驚嘆するのであった。
「シキョウ、今の豆は一体……?」
「ハツラツ豆っていってなァ、どっかの錬金術師からの貰いモンだよ。食った奴を即座に元気にしちまうっていう超貴重品だぜェ」
まるで十分な睡眠を取り、爽やかな目覚めを迎えたかのような充実感を得たセバスが、シキョウへと頭を下げる。
「ありがとうございます。貴方にそこまで良くしてもらったのは、これが初めてかもしれませんね」
「だが、これでまた俺達と事を構えられても困るからなァ。お前さんが戦団に戻らない以上、早々にこの船からは出ていってもらう。果たして一人で何処までやれるか、せいぜい足掻いてみせるこったな」
そう言い捨てたシキョウが左手で印を切り、召喚された無数の黒い手が問答無用でセバスを引きずり込む。そしてアーシュラへと振り返り、ウェナブルー・エリュシオンによって衣装を切り裂かれ、ほぼ露わになりかかっている胸を指差しながら、
「よォ、その格好じゃあ流石に戦えねェだろ。悪いこたァ言わねェから、着替えてきたらどうだい?」
〜17 魔物商人ウングラ①へ続く〜