19 首領の翠刃、頭目の黒爪③
「承知した!――シキョウ、こいつを預かってくれ」
アーシュラの叫びに答えたゼーエンが、今や地に伏して立ち上がることすらできないレーナの桃色の長髪をグイッと掴み、そのままシキョウへと放り投げる。
「預かれってこたァ、生かしとけってことかい?」
「マスターの許可が下り次第、グラディエーター枠でグレン地下に放り込んだら面白いかと思ってな。そっちは任せたぜ!」
即座にメギウスの後を追うゼーエンの背を見送りつつ、地面から呼び出した黒い手の群れでレーナを影の中へ引きずり込むシキョウ。その目の前には依然として片足を封じられたままのルークが、隙あらば鞭を振るわんと踏ん張りながらも構え続けていた。
「よォ、おたくの相方? 返して欲しけりゃ武器を捨てて投降しなっていう場面だが……どうするよ、おい」
お約束だと言わんばかりのシキョウに、ルークは眉一つ動かさずに答えてみせる。
「所詮は力任せでしか事を運べん女、俺にはもう必要ない。それより自分の心配をしたらどうだ?」
上半身の動きだけで鞭をしならせるルークの筋肉が盛り上がり、握る手にも凄まじい力が込められる。明らかに大技が来る気配を感じたシキョウが対抗すべく両手で印を切ろうとした時――ルークの背後で、眩いばかりの蒼穹の烈光が迸る!
「何の光だ!?」
振り返ったルークが見たものは――胸に埋め込まれた魔晶核を輝かせながら、魔装状態で立ち上がろうとしているセバスの姿であった。その光に周囲の魔物達が怯む中、かつての同僚が息を吹き返した姿を目の当たりにしたシキョウが、
「よォ、自己修復は終わったかい? こっちは俺らだけで足りるからよォ、お前さんもウングラの野郎を追ってくれや。優先順位はそっちだろ?」
「――その通りです。今だけは、再び貴方達と共闘すべきだと私も理解していますのでね」
あえてメギウスではなく「ウングラを追え」と表現したシキョウの意向を読み取ったセバスが、場を顧みることなく疾駆する。痛哭将の巨体をすり抜け転送装置へ踏み込む瞬間、アーシュラが強大な敵へ猛然と立ち向かう姿が視界に入る。
(新たに幹部となったはずの方が、こうして命を懸けて戦ってくれている。戦団に与するつもりは今更ないが、今は魔物商人の根本を断つべき時!)
そのアーシュラと仮面越しに目が合った気がした時、セバスは彼女が無言で頷いたように見え――そこには何故か、武術の師に背中を押されたような温かさが感じられた。
転送装置で降下したセバスが辺りを見回す。南側は更に奥深くへ下るルートが続いているが、彼の魔装が共鳴を感じたのは北側へ上がる傾斜――セバスが駆け上がったその地点は、突き当たりに空洞が大きく広がるホールのような空間であった。
「――来ましたか、セバスさん。この姿を見せるのは、灰色の港町以来ですね」
先程の魔装展開に続き、ウングラと対峙する黒騎士から響くメギウスの加工を伴わない声に、あの時戦った相手がかつての主であったことを改めて悟るセバス。その傍らには黒いコートのゼーエンが控えていたが、奥でゆらりと佇むウングラ――兄であるレゼールへ蔑んだ視線を送る。
「クソ真面目が服を着て歩く兄貴が魔物商人の元締めとは未だに信じ難いが、親父が生きてたらさぞがっかりしただろうな。俺を仲間に引き入れようとでも思ったのか?」
刺された左肩を押さえながら、ウングラが悲しげな目でゼーエンを見やり、神妙な面持ちで口を開いた。
「……すまない、ゼーエン。私はたった一人の弟であるお前と、ただ一緒に戦いたかったんだ。――だが、やはり魔物商人という手段は許されざるものだ。どうか、この愚かな兄を許して欲しい」
「おい、急に何を――」
〜19 首領の翠刃、頭目の黒爪④へ続く〜