22 それは影のような夢①
「ウェナブルー・インパクトを受けて、まだ動けるのか……!」
驚愕するセバスの目の前で、足を震わせながらもウングラがゆらりと立ち上がる。まだ僅かに戦える力を残したゼーエンが右手の五指で闘気を高めながら黒いコートの裾を翻した時、ウングラもまた毒々しい悪魔の爪でこちらを指差していた。
「やはりまだ不完全だったか……だが! 秘法を完成させた暁には、今度こそ貴様らを完膚なきまでに叩き潰してやる!」
「次があると思っているのか、ここでくたばれ!」
最後の力を振り絞って闘気の爪を振りかぶるゼーエンを前に、しかしそれよりも速く姿勢を低く構えたウングラが悪魔の爪を横薙ぎにして迎撃。黒いコートごと脇腹を引き裂かれたゼーエンが前のめりに崩れ落ちた姿を見下ろしながら、ウングラが憎々しげに吐き捨てる。
「思い上がるなよゼーエン、お前の動きは丸分かりなんだよ。ましてや死にかけている今なら尚更というものだ!」
声も出せずに倒れている実弟を足蹴にするウングラを止めようと踏み込んだセバスだが、急激な目眩で足元のバランスを崩して転倒する。彼もまた全身のオーラと竜闘気の全てを懸けたウェナブルー・インパクトを放ったことにより、もはや走り出す力も残されていないまでに消耗しきっていた。
「ほう、セバス殿も随分と足元がおぼつかないようですなぁ……。こちらも相当ダメージは食らったが、今の諸君らにとどめを刺せるだけの力は残っている……そう、俺はまだ負けていない……!」
蒼白な顔にウングラが歪んだ笑みを浮かべながら、今度はセバスへと爪を向ける。膝に力を込めて立ち上がり、執事服の埃を払ったセバスが再び位置を直した眼鏡の奥の瞳は、未だにクールな輝きを失っていなかった。
「負けていない?……果たして、そうでしょうか」
「……どういう意味だい、それは」
軽い口調とは裏腹に、ウングラの表情が引きつったかのように固まる。セバスが一歩前に踏み出しながら、
「そちらが機甲戦団ガイデスを壊滅させるべく、これだけの準備を整えた結果は如何でしたか?」
一歩、また一歩――今やメギウスをも上回る冷徹さすら感じさせるセバスの雰囲気に気圧されたかのように、優勢を謳っていたはずのウングラが同じだけの歩数を後ずさる。
「現地の魔物をも巻き込んだ軍勢はほぼ壊滅、それに……ルークさんとレーナさん、でしたか。私が倒した偽者を含め、用心深い貴方があの場に呼んだということは、余程信頼していたメンバーだったと推察しますが――彼らは今、何をしているのでしょうね?」
再度、問いかける。更に一歩進み、同時にウングラがまた一歩下がる。もはや戦う力など残されていないはずの執事が、今のウングラには黒衣の死神のような何かに見えてならなかった。
「来るな……近寄るな、死に損ないが……ッ!」
「そして先程の変身ですが、恐らくはあれが最後の切り札だったのでしょう。本来、貴方はかつて屈辱を味わわされた戦団が滅びる様を、ただ目の前で眺めることが目的だったはずですから」
やがて崖の淵に近づいた時、セバスがピタリと歩みを止め――後がないウングラを指差し、高らかに言い放つ。
「その切り札までもが破られた今! ここまで追い詰められる事態に陥った時点で、貴様は既に敗北しているのだ、ウングラ!」
図星を突かれハッとするも、突きつけられた現実が認められないかの如く逆上したウングラが、おもむろに悪魔の爪を振り上げる!
「お……おのれ、ほざくな! 追い詰められているのは貴様の方だぁ!」
執念の一撃が繰り出されるも、しかしセバスは最小限の動きで相手の手首を掴み上げ、ウングラ自身の力を利用して地面へと投げ落とす。急激に世界が逆転したウングラの体が、なすすべもなく固い岩肌に叩きつけられ――
「――がぁぁッ!?」
「私に戦う力が残されていなくても、貴様の力を用いればカウンターなど容易いこと。破れかぶれで放たれた攻撃など、軌道が丸分かりなのですよ」
皮肉にも先程カウンターを食らわせたゼーエンと同じような状況で技を返されたウングラだが、今やその胸中を占めている感情は怒りではなく、果てしない混乱と動揺――万全の準備をもって追い詰めるはずであった相手から、逆に自分が追い詰められているという事実は、魔物商人の頭目として到底受け入れられるものではなかった。
〜22 それは影のような夢②へ続く〜