22 それは影のような夢③
「クソがッ! どいつもこいつも、死に損ない共がぁぁ!!」
文字通り最後まで足を引っ張る弟に激昂し、振り払おうとするウングラ。それはメギウスの刃が仇敵の心臓まで届き得る、十分な時間であった。
「父さん、母さん……僕は、とうとうやり遂げたよ……」
ウングラの胸に深々と突き刺さった翠刃を引き抜いたメギウスの目から、いつしか一筋の涙が流れ落ちていた。既に触れれば崩れ落ちそうな黒いスーツの背中から伝わる万感の思いに、シキョウもまた、込み上げる何かを感じずにいられなかった。
「ボス……メギウス、今日まで、本当に……」
シキョウの友としての言葉を背に受けながら、そのまま倒れそうになるメギウス。その崩折れる体を受け止めたセバスは複雑な思いを胸に秘めたまま、かつての主へ穏やかに語りかけていた。
「マスター・メギウス……お疲れ様でした。不肖の執事ではありましたが、今はただ貴方の心に優しい風が吹くことを、心よりお祈り申し上げます」
立ち上がれないゼーエンにも肩を貸し、死を待つばかりのウングラへ背を向けて歩き出した時、
「ク……クハッ、クハハハハッ! 俺を殺せてさぞ満足だろうな、機甲戦団ガイデス! だが! これで魔物商人そのものが滅びたわけではない! 例えこの俺が斃れようとも、いずれ第二、第三のウングラがお前達の前に現れるだろう! その時は……お前も! お前も! お前も死ぬのだ!!」
鮮血が溢れ出る胸を握り潰すように押さえ、崖の淵まで後ずさるウングラが目を真っ赤に充血させ、悍ましい呪詛を吐く。最期に――
「ゼーエン……ぐふっ、兄殺しのゼーエン! 一足先に、向こうで親父と待っているぞ! フフフ……クハハハハ、ハーッハッハッハ……!」
血と共に吐き出された高笑いを空洞中に響かせながら、魔物商人の頭目ウングラ――ゼーエンの兄であり、ヴェリナードの衛士に慕われていた魔法戦士レゼールは、暗く深い谷底へと消えていった。
「あんたも……親父と同じところには行けないさ、兄貴」
セバスに肩を抱かれながら、兄が墜ちていく背後を一瞥するゼーエン。その目には実の兄弟にしか分かり得ない、寂しさにも似た言葉にならない感情が宿っていた。
「レゼール……遂に尻尾を出したわね。ゼーエン君のことを含めたとしても、お前はあまりにも戦団に執着を見せ過ぎたのよ」
魔導戦艦バルデアス、執務室――
本来であれば首領メギウスが座しているはずの席で、彼らを見送った魔女エリミリアが脚を組みながら一人呟く。
彼女がスッと手を掲げると、そこには手のひらサイズの黒紫の球体――闇のスピリットが任務を終え、ふわりと手の中に帰還を果たす。ルクスガルン空洞内で起こったこれまでの出来事を、エリミリアは全てこの闇のスピリットの目を通して観察し続けていた。
(レゼールの軍勢を倒せたのは、間違いなく先行したセバスちゃんの力が大きかったわね。仮にキラーマジンガ隊が操られた状態で、偽者のウングラに騙されたまま大軍を相手にしていたら……最悪、こちらの壊滅もあり得たでしょう)
エリミリアがセバスにレゼールを紹介したのは、無論純粋な善意などではない。自分が直接顔を出し、元アズール・プルミエであるセバスを伴うことで、善良な魔法戦士の仮面を被った相手がどのようなカードを切ってくるかを確かめるためであった。
レゼールが機甲戦団を追っていた表向きの理由は、その幹部となった弟のため――否、それも真なる理由の一つには違いない。地下闘技場でのレゼールの告白を聞くまでもなく、エリミリアは彼らが実の兄弟であることなど把握済みであった。
(いずれにしても、弟への感情の強さそのものは本物だった……と。全ては影のように薄暗く、そして儚い夢で終わったというわけね)
弟への歪んだ執着、そして敗走という形でプライドを傷つけた戦団の壊滅――この二つが一致した時、レゼールはウングラとして両者を完膚なきまでに叩き潰すことを本格的に決意したのかもしれない。
思考を一定まとめたエリミリアが再び椅子から立ち上がり、瞬間転移を可能とする古代呪文ルーラの詠唱に入る。その顔はいつものように妖艶な微笑を浮かべつつ、今回の結果に何処か満足したような雰囲気を覗かせていた。
――本当に優秀過ぎる私の生徒、メギウス。
それに――私の想像以上に独自の進化を遂げた、セバスちゃん。
まずは本当によく頑張ったと褒めておきましょう。
レゼールとの確執を乗り越えたゼーエン君も含め、今後が本当に楽しみなメンバーよね。
さて……このエリミリアも、頑張って今回の最後を締めくくらせてもらうとしましょうか!
〜エピローグ それぞれの交差点①へ続く〜