エピローグ それぞれの交差点⑦
唐突に降って湧いたような願ってもない提案に、ゴーリキが脊髄反射で身を投げ出すように土下座する。
「お、お、俺なんかでよければ、是非お願いします!!」
「素晴らしいお返事です。最前線でのお仕事を予定していますが、その気があれば我が戦団で腕を磨くことも可能です。何せこちらには、あの紅蓮の羅刹王!……に匹敵する達人も所属していますからね。教えを乞うのに、これ以上の適任者は居ませんよ」
淀みなく爽やかな笑顔で喋るメギウスを前に、もはやゴーリキはただただ首を縦にぶんぶんと振るだけとなっており、思わずセバスが苦笑を漏らしてしまう。
「うおおお! そうと決まれば、まずは今回の大会で大活躍だあああ!」
バトルアックスを片手にスーパーハイテンションで駆け出したゴーリキが瞬く間に姿を消し、再び声をかける間もなくそれを見送るセバスとメギウス。その背後からコツ……と響く足音にも当然気づいていた二人だが、先にメギウスが背を向けたまま、
「――これはこれは、カペーロさん。お師匠様の大会にご参加予定、といったところですか?」
果たして振り返った目線の先には、金髪を首筋まで伸ばしたファッショングラスの男が、黒いファーをあしらった白いロングコート姿で油断なく鋭い視線を向けていた。
「久しぶりだな、メギウス。そして……セバス、か。まずは今回のウングラ制圧、見事だったと言っておこう」
カペーロ――かつてセバスも一度だけ目にしたことのあるバトルマスターの男が、メギウスの問いを無視して形ばかりの称賛を告げる。腰に差した二振りのライトニングソードから僅かに弾けた雷光が、彼もまた闘気を具現化できる達人クラスであることを物語っていた。
「ええ、おかげ様で。そちらからお借りしたジンオウさんは残念な結果に終わりましたが、これまで特攻隊長としてよくやっていただきましたよ」
酷薄な笑みを浮かべながら大仰に腕を開いてみせ、慇懃無礼な態度を隠そうともしないメギウス。一方のカペーロもニヤリと口の端を吊り上げ、
「ジンオウ如き落ちこぼれが役立つような仕事なら、所詮その程度といったところか。俺達グランクラーゴン本隊の手を煩わせるレベルではなかったということさ」
にわかに走る緊張感にセバスが金縁眼鏡の位置を直してカペーロを見やる中、メギウスが一切表情を崩すことなく言葉を返す。
「流石は侯爵閣下の一番弟子であるカペーロさん、と言いたいところですが……こうして貴方と相対していても、ジンオウさん程のプレッシャーは感じないのですよね。正直なところ、そこまで大したこともないのでは?」
瞬間――グラスの奥のカペーロの瞳孔が、一瞬まるで爬虫類のそれを思わせるかの如く、キュッと縦に細長く変化したかのように見えた。
「……俺があの出来損ないに劣る、と? 本当にそうなのか、試してみるのも面白いかもしれないな」
カペーロの両手がライトニングソードの柄にかけられると同時に、メギウスの手がスーツの懐に差し入れられる。一触即発の張り詰めた緊張感にセバスが割って入ろうとした時、
「――だから、本当に見たんだって! オーグリードプリンセス!」
「ハハハ、あの〈ExtE!〉のアイドル様が、こんなアングラなところへ来るはずがないっての」
「本当だって! 試合前のレミィと魔女みたいな女と一緒に、ステージの近くに居たんだって!」
通路を歩いて来た二人組の通行人の内、チンピラ風の男が喚くも、隣のゴツい荒くれは全く取り合わずに、そのまま酒場の前を通り過ぎる。
そして――その様子にチラリと目をやったメギウスが、不意に緊張を解いて懐から手を出した。握られていたはずであろう翠刃の短剣は、そこにはない。
「――少し用事を思い出しましたので、すみませんがこれで失礼します。セバスさん、ゼーエンさんに当たるまで頑張ってくださいね。カペーロさんも、またお会いしましょう」
彼にしては珍しく何処か早口でそう告げた後、既にメギウスの姿はそこにはなく――後に残されたカペーロが、毒気を抜かれたかのようにスッと柄から手を離す。
「ハ……食えん男だ。なら、もはやここに居る理由もない」
白いコートのポケットに手を突っ込み、カペーロが通行人とは逆の方向へと立ち去る。ひとまずは殺し合いに発展せず胸をなで下ろしたセバスが、
「折角ですから、私も他の試合を観戦してみるとしましょうか。――お水、ごちそうさまでした」
バーのカウンターに硬貨を置き、執事は後に自分も立つことになる武舞台へと足を向ける――。
〜エピローグ それぞれの交差点⑧へ続く〜