22.5 暗黒の魔女、その真なる力
そして――セバス達がルクスガルンを脱出した、その数時間後。
件のデスマスターは大洞穴の谷底で、青白い炎が不気味に輝くカンテラを片手にゆらりと音もなく歩を進めていた。その進路の先では彼が召喚した影のような骸骨が二体、何かを探すようにふらふらと彷徨い続けている。
やがて、骸骨の内の一体がその場でカタカタと顎を動かし、ほとんど光の入らない谷底の片隅を指差す。それに気づいたデスマスターが、
「よく見つけてくれたね、お利口さん。――さ、もう帰っていいよ」
ヒラヒラと手を振ってみせた瞬間、二体の骸骨が影に溶け込むかのようにガラガラと崩れ落ちる。その先には、果たして黒いマントのファントムと言うべきウェディの男が仰向けで息絶えていた。
碧い瞳は虚ろに見開かれており、何処か歪な笑みを浮かべた口元からは溢れ出た血が冷たく凝固している。屍の首から下は損壊が激しく――奇跡的に四肢の欠損は見られなかったが――その中でも特に胸の深い刺傷からは、大洞穴の最深部よりも遥かに昏い執念すら感じられた。
(……派手にやられたね、ウングラ君。あれだけの数の商品を揃え、そして――不完全とはいえ、僕が地獄の帝王のデータから再現してみせた禁忌〈進化の秘法〉。それを使ってなお、機甲戦団ガイデスには勝てなかったということか)
鋼塊の痛哭将アボクを機甲戦団に無力化され、更には隠し玉であった覇海軍王ジャコラの複製体までもが暗黒の魔女によって滅ぼされた事実は、ウングラのバックについていたデスマスターにとっても完全な想定外であった。
さて、どうしたものか――思案するデスマスターの背後から、響くような低音だが何処か軽い調子の声が呼びかける。
「よう、ツァバル……どうやら、見つけたみたいだな」
ツァバルと呼ばれたデスマスターが振り返り、カンテラで照らした先には――灯りすら持たずにここまで辿り着いた、オーガの男の巨躯が映し出されていた。
やや短く整えたアッシュの髪を逆立て、下の睫毛が特徴的な切れ長の目が特徴的な甘いマスクは、およそオーガらしくないとも言える。だがオーガ男性の中でも特に長身の部類であるその肉体は極限まで鍛え抜かれており、窮屈そうな黒いレザージャケットがはち切れんばかりであった。
「来てくれたかい、ボス。ほら……ご覧の通り、ウングラ君だよ」
ツァバルがボスと呼ぶオーガの美丈夫が数歩近づき、物言わぬファントムの屍をまじまじと見やる。そして、
「……で、お前の手に負えるのか?」
「うーん……この感じ、例え成功しても心が壊れてる可能性がある。生き返らせた瞬間、僕達のことを分からず襲いかかってくる可能性があるかもよ?」
意地の悪い笑みで語るツァバルに、ボス格のオーガがニヤリと口の端を吊り上げてみせる。
「その時は、俺がこの手で轟殺に処すのみよ。ま……二度死なせるのは、ちょいと気の毒ではあるがな」
そう言ってミシリと固められた無骨な岩塊のような拳からは蒼黒の闘気が滲み出ており、それは彼が恐るべき破壊力を誇る剛の者であることを如実に示唆していた。
その純然たる暴力の象徴に、ツァバルがほんの一瞬だがゾクリと背筋を震わせる。常に死と共にあるデスマスターである自分が僅かでも死を恐れたことに内心苦笑しつつ、
「敵わないな、ボスには。――じゃ、始めるよ」
ツァバルの詠唱が静かに対象の周囲を漂い始め――やがて術式と共に構築された超高密度の力場に向けて、彼は満を持して最後のキーワードを口にした。
「――ザオリーマ」
〜EX.1 紫紺の死神は誰がために①へ続く〜