天星卿の物語に感情移入できない。どうしても他人事のように捉えてしまう。
わたくし、これまでどうしてそういった意見がうまれるのか考えたことすらなかったの。だけれど最近ある仮説に到達したのだわ。
『プレイ期間が長い人ほど、自身のまもりたい領分を拡張することに抵抗があるのではないか?』
まもりたい領分を狭義のアストルティアからナドラガンド、魔界、さらには天星卿まで拡張していくには、順次心理的な壁を乗り越える必要がある。そうするために必要なエネルギーは兄弟姉妹との絆などといった感情的なものなのだと思う。
まもりたい領分を拡張するのに必要なエネルギー量がゲームのプレイ期間と正の相関にあるのではないかというのがわたくしの仮説ね。

根拠と言うには弱いのだけれど、この仮説に到達したのには理由があるの。それは新規・古参両者の立場を想像すれば容易にわかるのだわ。
念のため断っておくとこれから書く内容はあくまで傾向の分析であって万人がそうであるとは思わないし、どちらの価値観、感じ方がより『優れているか』なんて興味ないことだけ注意してね。
まず新規の人にとっては、最新までのストーリーが初めから『与えられている』状態なのだわ。生後7ヶ月のわたくしもおそらくこちらに分類されるわね。
はじめにストーリーが与えられていて、いろいろとまわりみちを楽しみながらもいずれは最新ストーリーに追いつくことが当面の目標になっていると思うの。
新規にとってストーリーというのは世界と同義なの。したがって『与えられたストーリー』をなかば『当然そうあるべきもの』として受け入れることができてしまうのよね。もしそうできないなら「合わないな」と思ってすぐに辞めてしまうだろうし。
たとえば魔界の真実を知った時も「へえそうなんだ」で済ませてしまう節があると思うの。少なくとも古参の方たちよりはずっとそう。
ストーリーを、あえて悪く言えば無批判に受け入れることができてしまう。故にまもりたい領分の拡張にも抵抗が少ないというのが新規ということね。

続いて古参について。こちらは完全にわたくしの想像となるから、あまりに的外れな主張があればコメントにて指摘・訂正してほしいのだわ。
記憶は反芻することでその人にとってより美しくより大切なものになってゆく。古参にとっては狭義のアストルティアこそが実感を伴ったまもるべき故郷であり日常なの。
まず自分たちの世界があって、その後のストーリーでその『外』の世界が描かれてゆく。ストーリーというものの捉え方がそもそも新規とはまるっきり異なってしまっているのかもしれませんわね。
これまで自身のまもっている世界に対する帰属意識が強くて、その反対に、世界の『外部』の存在を受け入れることへの抵抗が強い。意識的に、はたまた無意識的に「わたしの世界はここまで」と心の中でしっかり線引きをしているということね。
トーマの命を弄び、レンダーシア各地に被害をもたらした魔族とは絶対悪で、必ず打倒すべき存在である。マデサゴーラのバックグラウンド、魔界の『真実』を知った後でも、どうしても割り切ることができない。
もしわたくしが『古参』と呼ばれるくらい未来の話で「ジア・クトは本当はいい人たちで、アストルティアと同じくまもるべき存在なのよ」とストーリーで言われたとしても、おそらくそれを受け入れるのには相当時間がかかると思う。
自身の所属に対する帰属意識が強い。したがって自身のまもりたい領分の拡張にエネルギーをより多く必要としてしまう。それが古参なのだと思うのだわ。

これまで自説の紹介とその妥当性の評価に終始していたけれど、本当に大切なのは『この説が仮に一部でも正しいとして、わたくしたちはそれをどう捉えるべきなのだろうか』ということなのだと思うの。
残念なことにね、仮説がもし正しいとしたら、それは捉え方によっては難しいことなのかもしれないの。
新規と古参でストーリーに対する感じ方が違うのであれば、語り手からしたらこんな大変なことはないわよね。もしバージョン7、バージョン8の構想も練られているのだとしたら、開発は新規・古参ともまた違う目線を持ってしまっているのかもしれない。
でも同時にね、これってとても素敵なことなのだとも思うの。同じストーリーを楽しんでいても、わたくしとは全く異なる捉え方をしている人がいる。そんな人たちとも一緒にお喋りすることができたら、それってとっても楽しいことよね。
いろいろな人たちとお話しすることではじめてストーリーを深く、多角的に楽しむことができる。わたくしだってまったく不満がない訳ではないけれど、そんな面白いおはなしを描いてくれている開発には感謝したいのだわ。(もう少し尺をとってあげてね)
あなたの旅にルティアナの加護がありますように。