「…へー、そんな機関があんの」
と、俺の友人であるピカタが言った。
俺とこのドワーフ、ピカタは、港町レンドアの南にある酒場で、酒を飲んでいた。冒険者同士、お互いに色々やることがあって、ここ1年くらい会っていなかった。それがついさっき、偶然レンドアの町中で遭遇し、こうして近況報告も兼ねて、酒盛りに興じているのだ。
酒盛りといっても、ピカタの方は下戸なので、普通のビール一杯をちびちびと飲んでいるだけだ。俺は好物の黒ビールを飲んでいた。既にジョッキ3杯目だが、まあ、こういうのもたまにはいいだろう。
話の肴に、最近の旅の合間に聞いた噂話を振ってみたのだが、上手いこと興味を引けたようだ。この男は話の真偽も構わず、こういう荒唐無稽な話にのめり込む傾向がある。そっけない反応に見えるが、話を振ったあたりから、妙にそわそわしだした。わかりやすい奴め。
「いやいやいや、流石にそんな夢見がちな組織は存在しねえと思うぞ?」
「なんだ、ないの?」
おお、明らかにがっかりしている。こうも純粋でわかりやすい反応だと、彼のパーティ仲間だったら日常的にからかいたくなりそうだ。詐欺師とかに引っかからないか心配だ。
あんまり話をヒートアップさせないよう、事前に冷や水を差し入れることにした。
「ない。単なる都市伝説。ほら、アレだ、炎の神殿とか、麻薬組織とかと同じ」
「教科書に載ってる伝説と、実在してる犯罪組織を並べるのはどうかと思うけど。そうか、ないのか…」
「まー、ないだろ。このレベルで横のつながりがない組織、世界中の国家と張り合うにはかなり心もとないじゃん。実質的な役職持ちが『総裁』っていうのだけだと、『情報屋』としてやっていくには難度がとても高いぞ。国家機密や闇組織の内情とか、扱う情報が危険すぎるくせして、それで顔を覚えられたりしたら、いろんな奴らから命が狙われる。それこそ、商売なんてやってる暇がないほど忙しくなるわな。多分、どこぞの誰かが『情報屋』って肩書から想像した、空想の産物なんじゃねえの?」
「いやあ、でも割とロマン掻き立てられる話じゃない?たった数百人がかりで世界の命数を握っちゃうなんて、まさにヒーローじゃん?」
「ヒ~ロ~…?そうかあ?話聞く限りじゃ、むしろ全犯罪の黒幕って感じじゃねえ?」
『たった数百人がかりで(世界的に見たら少人数で)』世界と渡り合うっていうのは、確かにロマンを感じちゃうものだけど。いや、この話の場合、数百人ってのも盛り過ぎな数かもしれない。意図して動いているのは『総裁』だけなんだから。
本当に独りぼっちで戦っていくには、今の社会はでか過ぎて、そして賢し過ぎる。
そんな益体もないことを考えていると、ピカタはちょっとだけ気になることを言った。
「黒幕もヒーローも、同じようなものって言えるんじゃないかな?一般人と違い過ぎるって意味で」
ヒーローと黒幕(犯人)が同一人物ってなんだ、結構面白いミステリー書けそうだな。そうは思ったけど、口では
「その2つが同じって話も、未だ見たことねえ規模の暴論じゃないかねえ」
と言って、やんわりと反論しておいた。
そのあとも、俺とピカタは、現実の出来事も妄想も交えて、色々なことを話して、笑ったりしんみりしたりした。
いざ話し終わると、今まで話した内容が、細部まで思い出せなかった。いつものことだ。それほど重要な話でないことは、話したそばから忘れていく。ホラ話は話し終わったらさっさと忘れるに限る。そういう性格なのだ。
ピカタの方がどう思っているかはわからない。今の話も、趣味の物書きのネタに使われてしまうのかも知れなかった。
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ピカタと別れた後、酔い覚ましのために、俺はレンドアの街並みをしばらく散策することにした。俺が宿を取っているのは、南区の東側にある宿屋だが、今日は西回りに街を回ってみることにした。
今夜の港町には満月が上がっていた。「ああ、今夜はあの満月に当てられて、どれだけの人間が狼に変身してるんだろうか」とバカな妄想をしつつ、俺は散歩を続けた。夜風が気持ちいいと妄想も捗る。
街の北区と南区の境にあるアーチに差し掛かったころ、「あの女」が話しかけてきた。
「よう、用心棒?」
アーチの中の道に、ウェディの女が1人佇んでいた。
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