「1週間で400万?いけるいける」
と、俺から事情を聞いた店主は言った。
このおっさんに会うたび(つまり、「借金取り」に大金を要求されるたび)、毎回のように借金の返済計画の相談に乗ってくれる点は、俺とて感謝はしてる。しかし、毎回このように俺の苦境を「いけるいける」とか「楽勝だよ」とか簡単に言ってのけるのは実に納得がいかない。
口では「簡単なお仕事」とか言いつつ、麻薬密売の運び人とか、乱獲が禁止されている魔物の捕獲とか、非常に危険極まりない依頼を割り振ってくるのが、この男の常套手段だ。
実際、この男に割り振られた仕事のせいで、俺は何回か牢獄送りになった。まあ、主な原因は俺のヘマにあるのだが。
「丁度今の時期は、珍獣の繁殖時期がやってきたとか、珍しい薬草が収穫できるとか、色々な商売の繁忙期が重なるんだ。君は、今ほどではなくても、毎度こういう仕事が多い時期にやってくるもんだから、僕としちゃ狙ってないというのが不思議なくらいだよ。きっと君の借金主は、今が稼ぎ時だってことをわかってて請求しているんだろうね。君の借金主、かなり優しい部類だよ」
「さっきまで会話してて、いきなり本気のサッカーキック食らわせてくる女が優しいわけねーだろ!」
「いやいや、強引に捕えて鉱山送りにしてない時点で、対応としてはこの上なく寛容だ。3億って借金は、本当はそのくらいの大金だってことを念頭に入れとかないと、本格的に愛想尽かされるよ。首が繋がっているうちに、ちゃんと頑張って稼いでおきなさい。先駆者として忠告しておくよ」
「断じて認められん!」
と、俺は最後まで突っぱねたが、あんまり話を拒絶し過ぎたら、この後のクエスト契約作業までチャラにされてしまいかねない。この辺で、次の話を始めることにした。
「で、どうなんだおっさん。その『繁忙期』たる今はどんな仕事があるんだ?」
「おっさんは止めなさい。まだ30台前半だ」
俺から見りゃ十分おっさんだよ。
「そう、クエストのことだったね。そうは言っても、本当に色々なクエストが入ってきていてね。乱れ撃ちに紹介していくのも時間がかかり過ぎる。そちらから何か『こういうクエストはないか』という指針を聞かせてもらえた方があり難い」
店主はそう言いつつ、カウンター席の裏側からクエスト書類らしき紙の束を出してきた。繁忙期というのは本当であるらしい。テーブルに羊皮紙がごっそりとうず高く盛られた。確かに、一枚一枚精査するだけで日が暮れてしまうだろう。タイムリミットの短さからしたら、本当は今日からでも仕事をしたいくらいなのだ。どういう作業にしても時間はかけられない。
欲しいクエストの種類と言っても、俺も漠然とし過ぎてていまいち示しようがなかったのだが、この場では
「人の恨みを買わないで大金が稼げるやつ」
と返答した。
すると、おっさんは鼻白んだような、呆れたような顔をして俺を見た。
「あのねえ、そんな都合のいい仕事は僕の店には流れてこないよ。というか、『表』のクエスト屋でも、そんな仕事は滅多に斡旋できないよ」
「なんでだ。人に迷惑かけないでお金を稼げるっていうだけだぞ?大量と言わんでも10件くらいはあるだろ?」
「『稼げるってのがどれくらいの値段のことか』とか、他にも色々言いたいことはあるが…君だって、キラキラマラソンにいそしむ貧乏冒険者の端くれだろう?あれにしてから、限りある資源の争奪戦だ。大陸に落ちている素材の数なんてたかが知れてる。とても全ての冒険者を養える量はない。他のどの冒険者よりも稼ぎたいなら、他の誰よりも早起きして、大陸をくまなく走り回る努力がいるんだ。しかも、それを実行したところで、対人関係で残るのは『あいつが根こそぎ持って行っちまった』という恨み言だけさ。独力の勝負に見えるマラソンですらそんな有様なんだから、社会で生まれるニーズを元にしたクエストなんて、誰かの感謝と誰かの恨みの塊みたいなものだよ」
そんな都合のいい仕事、実に怪しいよ…と言いつつ、クエスト屋の主人は書類をぱらぱらめくっていた。
俺だって、至極その通りだと思うが、それでも一縷の希望を託してここに来ているのだ。ただでも時間が無いのに、この上人様の恨みなんて買ってたら、とてもやっていられない。人の恨みほど怖いものはない。
だから、もう一度粘って同じような内容を言おうとしたところで、おっさんの手が不意に止まった。何かめぼしい依頼書を見つけたらしい。
「…まあ、これならまだご期待にそえるかな。これをやってみる気はないかい?実に良心的なことに、前金が出る」
というと、店主は一枚の依頼書を俺に差し出した。
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