先客を追いかけること2~3分。走る音は聞こえるものの、一向に追いつく気配がない。俺は特に足が速いというわけじゃないが、コイツは冒険者の中で見ても相当健脚なんじゃないかと思った。途中、雪柱壁面に変な模様が描いてあったり、雑草を踏んづけてしまった気がするが、そっちに構っている暇はなかった。
そうこうしているうちに、大雪柱の頂上までたどり着いた。その時点でようやく先客が立ち止まった。その一歩向こうが既に空の中であるということは、反対側にいる俺でもわかった。
先客の背丈は思ったよりも小柄だ。俺よりも頭二つ分ほども背が低い。お宝目当てで谷を走り回るような健脚なら小柄なのもうなずけるが、カイザードラゴンとタイマンを張るような豪傑にはとても見えない。全身白ずくめ、演劇でよく見る全身黒ずくめの「ニンジャ」とは正反対の色合いだ。顔はマスクに覆われていて、男なんだか女なんだかもわからない。背丈だけで言ったらエルフの可能性が高いが、背中の羽はマントに隠れていて見えない。
もう逃げ場はない。敵対している訳でもないのに、俺は何だか「敵を追いつめた悪役」みたいなセリフを小声で言った。多分、相手には聞こえていないだろう。
そして、先ほどの回復呪文の意図を聞き出そうと、俺が一歩前へ踏み出した途端、その先客は崖の先へ身を投げた。
相手がやけを起こして投身自殺を図ったのかと思い、俺が思わず叫ぼうとした刹那、逆にその相手が叫んだ。
「悪く思うなよ!」
そして、俺が雪柱の縁に近寄った辺りでは、既にその先客の姿は遥か遠くまで離れていた。全身をマントのように広げて、まるでムササビの如く空を滑空し、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「…ガチのニンジャかよ、あいつ」
その先客-「白ニンジャ」のあまりの離れ業を見て呆気にとられつつ、俺は一言だけ呟いていた。
それから十数分。「白ニンジャ」との衝撃的なコンタクトから立ち直った俺は、思わず走り抜けてしまった大雪柱の途上をくまなく探索した。
さっきちらっと雑草を踏んだような気がしていたが、改めて探してみると、やはり雑草が生えていた。この辺りは氷に交じって、植物が根を張れる土壌があるようだ。
色合いが普通よりも透明がかった、不思議な色合いの緑だったが、種類自体は地上でも見かけるような、まごうことなき雑草だ。これでは一銭の価値にもなるまい。
もう一つ、その土壌の近くの壁には、刀で引っかいたような溝があった。壁から身を離してみてみると、どうも何かの絵を描いているようにも見えるが、線が乱れっぱなしで何を描いているのかさっぱりわからない。立ち止まって考えてもしょうがないので、この場ではスルーした。
そして、俺が探し求めた「いやしの雪中花」は、いくら探しても一向に見つからなかった。というか、雑草と土と氷以外なにも見つからなかった。
やはり、雪中花は先ほどの「白ニンジャ」が確保してしまったようだ。俺はその場で膝をついてしまった。
いよいよ手打ちである。花が見つからない以上、この場に留まっている理由が無い。完全に日が沈んでしまっては、この雪の渓谷からの脱出が不可能になってしまう。近道を用いて早急に出て行かなければならない。
しかし、このままでは収穫が道中で拾った雑多な素材だけになってしまう。裏クエスト屋に多少でも努力の跡を見せるためには、このまま手ぶらで帰るわけにもいかない。しかし、何を持ち帰るべきだろう。
考えあぐねた挙句、俺は先ほどの、大雪柱にぽつんと残されている、雑草の生えた土壌を見ていた。
…土くれに自分の命運を頼まなければならないとは。世も末だ。
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