「まあ実はあれも戦略らしくてね。一見したら、あれはそんな意味のある絵だとはとても思えないよね。だからこそ、意味を知らない一般兵レベルの軍人にはただの落書きにしか見えないし、意味が分かる闇商人や冒険者には強いけん制になる。『この場所で勝手をやったら、身の安全の保障はしない』って意味のね。それを無視して入っちゃった日にゃあ…」
と、店主は底意地の悪い視線を向けてきた。
これだよ、こういう意地悪な視線で楽しそうに見てくるから、俺はこのおっさんが嫌いなんだよ。
人の不幸で飯が三杯食える人種なんだ、こいつは。
「待て待て!雑草くらい、ふとした気まぐれで持ってこれるじゃん!氷水、記念に持って帰ってきちゃうじゃん!」
「それを『侵略行為』と見なすのが、ワグナー機関の怖いとこなんだよねえ。本当に狭量過ぎる。世界樹の葉の生産なんてやってなければ、すぐさま他の闇商人達に潰されるよ」
「いや、大体おかしいだろ!なんでそんな警備の厳しい場所に俺が侵入できたんだよ!」
「それはほら、今はワグナー機関も権力抗争で大変な時期だからさ。見張りを派遣する余裕がなかったんじゃない?何しろ、君が言う『白ニンジャ』の侵入も許してしまっているんだしね。とはいえ、ワグナー機関の悪徳所長…そう、代替わりしても所長は悪徳な奴なんだよ、あの組織。本当なんなんだろうね、あの機関は…とにかく、その所長も、まだ荒事専門の私設部隊を不埒な侵入者に差し向けるくらいのことは出来ると思うよ?」
「け、けどよ!俺だって冒険者の端くれだぜ?町のごろつき上がりの奴に負ける気はさらさらしねーよ?それに『白ニンジャ』も強いんだから、たかが研究機関崩れの私設部隊にやられるなんてこと…」
「彼、もう捕まったよ」
「は!?」
と、俺が驚いて固まっていると、店主は立ち上がって、部屋の入り口から見て右側の壁に歩いていった。そして、壁に付いている引き出し付きの戸棚から、何だか見た覚えのある白い覆面を取り出して持ってきた。
表面のところどころにくっついている赤黒いシミが何なのかは、わかりたくないけどわかった。
『白ニンジャ』に起こっただろう不幸を思って、俺は密かに戦慄した。
「ワグナー機関幹部から『亡命手続き』依頼なんて来るからさ、最近は人を雇ってワグナー機関の動向を探ってんだけどね。今朝、闇商人向けの掲示板の張り紙と一緒に、こんな覆面が張り付けられてたそうだよ。内容は、平たく言えば悪徳所長から他の有象無象への見せしめだね。『組織は大変だけど、無礼な奴には今まで通りキビシク行きます!』って感じの。君の話で、ようやくこれの持ち主がわかったよ。
その『白ニンジャ』って、君のこと治療したって言ったっけ?それ多分、君を囮にするためにやったんだよ。裏仕事の専門なら足跡処理とかは常識だけど、その点君は素人だし、念のために自分の方に注目させて、下手に証拠隠滅されないようにしたかったんじゃないかな?君が目立った足跡とか残してくれたら、その分自分への注目度が下がるんだからさ。正体こそ定かではないけど、裏仕事に関しては、本当に結構なプロだと思うよ、その人」
まあ、そんな細工をした上で捕まってたら世話ないけどね、と店主はぼそりと付け加えた。
「ていうか、取って来ちゃっていいのかよ、その覆面」
「雇った奴が盗ってきちゃったんだから仕方ない」
「…さいですか…」
あんまり手癖のよくない奴を雇っているらしい。流石裏クエスト屋の店主だわ。
「ともかく、君ら冒険者でも相手取れるのがワグナー機関の私設部隊の実力だってこと、わかってくれた?カイザードラゴンとやり合える手練れを仕留める連中だったら、尚更君には分が悪いでしょ?」
と店主は言った。心なしか、すごく楽しそうだ。人でなしめ。
「そーっすね、俺如きペーペーでそんな連中相手取れないっすね…」
ただのごろつきだった連中が、いつの間にそんなに強くなってんだ。それもこれも、そいつらを雇うワグナー機関の金の力ってことなんだろうか。武器とか裏工作とか、買いたい放題のしたい放題なんだろうな。
金の力で出来ないことはないってところか。いやはや、夢がねえ。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4475517/)