この女に会うたび、つくづく「顔に似合わない表情をする人だ」と思う。
見た目はまあ、人間の俺から見たら「普通のウェディの女」という感想しか出ない。
俺より頭一つも小さい背丈、ウェディ独特の体の華奢さ、加えて特に顔の美醜に興味のない俺から見ても、普通に美人だと思う顔の造形と、一見しただけでは凶暴さの欠片も見いだせない。
美人という点を除けば、街に居ついてる女性と大差ない規格と思える。
しかし、そういう身なりの割には、この借金取りは実に迫力のある表情をする。
特に目だ。アイメイクだか何だか知らないが、顔に対して大きく見えるその目玉は、普段は猫のように細く開けられている。しかしかっと見開けば、まるで半月がいきなり満月に化けたような感覚に襲われる。そしてその眼光たるや、まともに見竦められたらレッドオーガも顔を青くして逃げ去るくらいに鋭い。大抵、目を見開くと同時に罵詈雑言も雨あられと飛び出すので、俺は彼女の視線を酷く恐れた。
俺はこの時も借金取りの鋭い視線に射貫かれ、思いっきり萎縮した。
実際のところ言いがかりに過ぎないんだけど、こうも凶悪な眼光にさらされると、自分は本当に何かまずいことをやってしまったんじゃないかという気になってくる。借金取りに言われるまでもなく、なんとも情けない精神力である。
ここはもう、人目もはばからずに懇願に走るしかない。思いっきり下目に出てうまーくご機嫌を取って、今日のところはお引き取り願おう!
俺は有名な武道家もかくやというスムーズな動きで、素早く秘奥義・土下座に移行した。
そして一呼吸置いてから、一気に逃げ口上を立てた。
「いと麗しき魚の姫君に畏み畏み申します!不肖この私め、現在500万ゴールドを目指して金策道を爆走中であります!必ず従来の期限たる4日後までにはご用意しますので、何とかなんとかこの場はお待ちを!今現金の用意をと仰られても色々まずいことになってしまいます主に私の食費とか武器修繕費とか…!」
俺の中の何か大事な部分がいじめられている気がするが、気にしないでおく。
俺はてっきり、この後ねっとりと意地の悪い責め文句を聞かされると思っていたのだが、この時は違った。
この時に限っては、土下座する俺の頭上の方から降ってきたのは、自信に満ちた脅し文句でも、粘性の高そうな貶し文句でもなく、
「…ふふっ」
という、優雅な含み笑いだった。
おや、何だか現金の要求にしちゃ様子がおかしいぞと思って、俺がおずおずと顔を上げると、そこには借金取りの柔和な笑顔があった。
えらくご機嫌なようだ。思わず見惚れそうになる美しい表情だが、俺の醜態を見てご機嫌になったとしたら、あんまりいい趣味とは言えない。
「焦り過ぎだっつの~。冗談だよ冗談!安心しなよ、ちょっとこの街に用があって来たら、あんたが辛気臭いツラして歩いてたから、声かけてみただけさ。今すぐ現金を用意しろとは言わねーよ。天邪鬼じゃあるまいし、金絡みでしょーもない約束破りはしないさね」
と、借金取りは陽気に言った。
なんだろう、本当に具合よく機嫌がいい。こいつの場合、むしろ機嫌がいいときほど俺をぞんざいに扱うのに、今回は責め文句のひとつもない。
内心、ホッとするより気味が悪いように感じたが、色々言われるよりよっぽどいい状況なので、
「…なんだ、じゃ問題ないっすね。すんません、今また次の仕事の準備しなきゃならんので、じゃっ」
と別れ文句もほどほどに素早く立ち上がって、借金取りとすれ違う形で狭い通路から立ち去ろうとした。
ところが、借金取りはここまでのやり取りだけでは、俺を逃がしてくれなかった。
奴はすれ違いざまに俺の腕を掴んで、
「待ちなぁ、準備ったって飯食うだけだろ?その暇があるんだったら、ちょっと雇用主のご機嫌取りに精を出してくれないかい?」
と、意地の悪い笑顔を浮かべつつ言ったのである。
足早に歩いていたところに後ろ手を掴まれて、若干後ろ向きに倒れそうになったが、すぐに体勢を持ち直した俺は、恐る恐る振り向いて、借金取りの方を見た。
「え、えーっと、飯食うだけじゃないんすけど、何で手繋ぐんで…?」
と言いつつ、さりげなく、本当にさりげなく手を振りほどこうとしたんだが、奴の指が俺の手首をがっちり掴んでいて、全く外れる様子がない。
必死に手を外そうと、手をぶらぶらする俺を尻目に、
「逃さないため。暇つぶしだ、雑談がてら飯をおごれ」
と、借金取りはさも当然そうに言った。
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