…聞き間違いか?
この女、そもそも金をむしり取ろうとしてる男に向かって、更に一飯おごれと言ったのか?
金を取る前に金を取るって、どういう鬼畜の所業なんだ。
仮にも相手は女性だが、いくら女に無縁の生活を送っている身の上でも、自分の借金主と一緒に食事なんて全く嬉しくない。そんなレベルで心臓に毛なんぞ生えていない。
しかも今は絶賛金策中なんだ。食事で高い金なんぞ払っている場合ではない。断固拒否する!
ということを顔に出さないように考えながら、俺はにこやかに借金取りに返事をよこした。
「アッハッハ、ご冗談を。こんな汚い小物のご相伴に預かるお姉様の格でもありゃしまアーーーーーダダダダダダ!」
素直に返事をよこしたというのに、借金取りは俺の手首を思い切り握りしめやがった。
相変わらず男顔負けの握力だ。血管を締め付けられる嫌な痛みにさらされて、俺は思わず悲鳴を上げた。
一方の借金取りの表情は、特に力んだ様子もなく、にやにやした表情を浮かべていた。
「まあ確かに、女の握力で悲鳴を上げる情けない男には違いないけどねー。だからこそ、自分より強い奴に媚びを売っておくって発想もアリだとあたしは思うよ?」
と、借金取りは嫌な提案をしてきた。
認めるにやぶさかではない考え方だけど、それをコイツの前で認めたくはない。言い訳のしようがない負け犬の体を晒す羽目になる。
「…は、ハハ、誰が悲鳴なんて上げてます?カイザードラゴンを相手に大立ち回り演じた僕にあってそんな訳ウバーーッ!」
ささやかな反抗として、精一杯強がって痛がってないよう見せたかったのに、借金取りはあろうことかもっと強く握りしめてきた。なおも晒される激痛。ここまでくると血管の血の流れが止まってしまいそうだった。
借金取りはなおも涼しげな顔をしていた。冗談みたいな握力だった。
「は?カイザードラゴン?雪山に引きこもってるトカゲ公如きとあたしを比べる気?舐めてるねえ~」
と、借金取りは更に凶悪な顔をして、どすの効いた声で言った。
この女、握力だけならカイザードラゴンにも勝てるんじゃなかろうか。
まさか、このまま手首を握りつぶす気なんじゃないかという考えが頭に浮かび始めたが、不意に借金取りが手を離した。
握られ過ぎて蒼白になっていた手の平にも赤みが戻ったが、手首から手の平の方へ向かって、一気にしびれてきた。もう片方の手でさすってみるものの、もうしばらくしびれが引きそうになさそうだった。
俺が後ろを向いて、「っっっってェ~~~…」と軽いうめき声を漏らしていると、借金取りは
「まあ、冗談はこのくらいにして」
と、急に真面目な口調で言ってきた。
「あんたは魔物には勝てるかも知れないけど、あたしみたいな女一人どうにも出来ないなら、どんな討伐履歴も形無しだねえ。あんたは、こと人間を相手取ると、こうも弱い奴なんだ。弱いなら弱いなりに、今出来ることを考えてみな」
そう言う借金取りは、先ほどまでのにやにやしたものではなく、とても真剣な表情をしていた。
借金取りとの会話は、大抵が直前までのふざけたようなやり取りだったが、ごくまれにこんな真面目な言葉を投げてくる。割と辛辣な内容の場合が多いが、それは本当に真正面から受け止めるべき内容に思えた。
まるで、出来の悪い生徒を、教師がゆっくりと諭しているかのようだった。
一体どういうつもりなんだろう。俺と奴は、単なる借金持ちとその貸付人の関係のはずだ。こんな風に諭される間柄でもないだろうに。
「…あい…理不尽や…」
「言ってみ、今あんたは、あたしをどうしのぐ?」
借金取りは、真っ直ぐ俺を見据えて言った。
それはまるで、「借金取り(あたし)という苦難を、どう乗り越えるか考えてみろ」と言っているかのようだった。
俺は大真面目に、この厄介な女が課した『課題』を乗り越える策を考えた。
数秒考えた末、他に答えようのない解にたどり着いたが、大真面目に答えるのも癪に思えたので、いつも通り半分ふざけて答えることにした。
俺はどこまでいっても不真面目な生徒だ。模範解答をおうむ返しにするなんて性に合わない。
「…飯へ行きましょうか、お姉様?おごりますよ、500ゴールド以内なら」
と、俺の財布事情からしたら至極妥当な金額を提示しつつ、借金取りを食事に誘った。
すると、借金取りは非常に、心底呆れたような顔をして、
「…ケチくさい奴だね~、守銭奴根性だけは認めるわ。2000ゴールドのステーキで許してやるよ」
と言った。
実に彼女らしい、血も涙もない返答だった。
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