スラムを出た後、俺と借金取りはガタラの酒場まで移動していた。店の入り口をくぐると、ドワーフのマスターの「いらっしゃい!」という野太い声が響く。
店内はいつも通り、一時的な旅仲間を求めてマスターと交渉する冒険者と、普通に飯を食べに来たヒトらで、それなりに繁盛していた。
割合としては飯目当ての町民の方が多いくらいで、冒険者は仲間の手配が終わると、せかせかと店を出て行く。流石に平日の真昼間から飲むような連中は少ないから、仲間の手配後にそのまま飯へ~という奴はそんなにいないのだ。かき入れ時は今のような真昼間じゃなく、週末の夜間の時間帯だろう。
「仲間の斡旋」と「飲食店の営業」という2職種を営業していると考えると、酒場の従業員たちは儲かっていそうなイメージがあるが、代わりに年がら年中忙しいに違いない。彼らは彼らで色々苦労しつつ働いているんだろう。
今回酒場に来たのは、別に酒を飲みに来た訳でも、仕事仲間を募りに来た訳でもない。単に飯を食いに来たのだ。
食事処という意味では、この酒場よりも上にある宿屋付きの食堂でもいいんだが、あそこの飯は高い。戦闘力を底上げできる類の料理、例えばスタミナライスなんかは言うに及ばず、それ以外の普通の飯まで結構な値段なのである。よっぽど金が余ってるときじゃなけりゃ、1食2400ゴールドとか出したくない。
その点、ガタラの酒場で出るおつまみ飯の方が良心的な価格設定なのだ。ピッキーの手羽先が1皿200ゴールドなど、地元のスクールに通う貧乏学生でも手が出せるお手頃価格だから、酒場にはそういう手合いの客が多く来る。酒がメインだから、1皿の量はあまり多くないものの、3~5皿まとめて注文すれば十分腹は膨らむ。1000ゴールドもあれば十分元が取れるわけだ。
まあ、今回に限っては、借金取りが店で一番高いダッシュランのステーキ(1皿2000ゴールド)を注文したせいで、食堂に行った場合と変わらない値段になってしまったが。
メニューを見た途端、迷いなく注文しやがって、まるで止める暇もなかった。もういいや、好きに頼みやがれ。
これで俺が我慢するのも癪なので、ピッキーの手羽先とワカサギのかき揚げ、ガタラ原野菜サラダ(合計700ゴールド)と、普段と比べると少々豪華なものを注文した。
俺の注文する様子を見ていた借金取りは、「食事まで節約してると、肝心な時にチカラ入んねーぞ。食えるときに詰め込んどけ。あたしみたいにステーキでも頼めよ、オトコノコなんだから」と言ってきた。
要するに、俺の飯が貧相だと言いたいらしい。おごられる立場の奴に言われたくねえよ。
カウンターで注文した後、店内の奥にあるウェディ・人間サイズの2人用テーブルまで移動して、食事が来るのを待った。
待つのはいいが、俺はこの時、借金取りにどういう話を振ればいいのかわからず、途方に暮れていた。
読者諸賢、これは思った以上に深刻な事態だ。女って、どういうテーマで雑談すればいいんだ?
俺はまあ、スクールの学生だった頃は気の合う友達と集まって、クラスの女子の誰がいいとか、最近出てきたバトエンのキャラのどいつがかっこいいとか、そういうなんてことない雑談で時間を潰すのが好きだったから、雑談自体にそんなに抵抗はない。
しかし、よりにもよってまさか今日、初めて母親以外の女(ただし借金主)と食事の相席をする日が来るなんて誰が思うよ?
会話の糸口さえ見えてこない。まさか下世話な話を振るわけにもいかないし、かといって最近は郊外に出てばかりだから、町中の流行り廃りなんてわからんし。
何を話せばいいか、頭をフル回転させて考えてみるものの、これといった妙案は浮かんでこない。その間俺は水を飲みつつ、そっぽを向いて時間を稼いだ。
借金取りもコップの水をちびちび飲みつつ、テーブルに頬杖をついて、すました顔で黙っていた。向こうも何を考えているんだかわからん。
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