後になってこの会話を思い返したとき、
「商談ていうならねえ、てめえのためだけじゃなく、相手にも魅力的なメリットがあるように見せなきゃダメさね。嘘でもいいからさ」
と、借金取りがかじりかけの手羽先を皿に置いて、俺の醜態に被せるように話を振ってきた辺りから、不穏な空気が漂っていたように思う。
「嘘がばれた場合が痛いんじゃないすか」
と、俺はそれまでの雑談同様、不用意な言葉で返した。
「そーさねえ、例えばあんたに商談投げるってぇんなら、こんな話を投げるね…」
今度はどんな話をしてくるんだろう。また俺の失敗談を取り出して貶すんだろうか?それとも、長い人生を振り返って、ありがたい忠言でも投げてくるんだろうか ー と、俺は自分でも気付かないうちに、借金取りの返答を心待ちにしていた。
そんな呑気なことを考えつつだったからだろうか。
借金取りの返答を聞いて、血が凍った。
「あんたを人質に取って、金持ちのご両親からお金をちょろまかすってのはどうだい?」
「………………………」
掛け値なく、絶句した。
「なにさ、まさか自分の名前を馬鹿正直に証書に書いといて、自分の家族のこと調べ上げられるとか思っちゃいなかったとでも言うつもり?」
「………いや」
あり得る話だとは思っていた。情報が物を言う業界に身を置いていて、相手のことを何も調べないというのなら、それは闇稼業人としては失格と言っていいだろう。
可能性はあった。このタイミングでその話が出てくると思ってなかっただけだ。
…いや、本音を言えば、この人に限っては、そんなことはしないんじゃないか…と期待していた。この豪快な女に限っては、そんな卑怯な手は使って来ないんじゃあないか、と。
その期待が、この会話に入った瞬間に砕け散った。
借金取りは水の入ったコップを右手に席を立ち、俺の席へ近づいた後、テーブルの横に腰掛けた。
「ルマーク家といやあ、最近売り出しのやり手資産家ってもっぱらの評判じゃあないか。なんだっけ、何か新しい経済通貨…だっけ?なんて言ったかな…ああ、そうだ!」
と、借金取りはわざとらしくピンッと左手の人差し指を上げ、天井を指さすアクションをした。顔まで天井を向いている。如何にも「合点がいった!」とでも言いたそうな、オーバーなリアクションだ。
その芝居臭い動作が、余計に俺の神経を逆なでた。
「『株』とか言ったっけ?それにいち早く手ぇ付けて、まあまあ成功してるドワーフがいるって話。そんな奴と名字が同じと聞きゃあ、あたしら闇商売人じゃなくとも多少調べてみたいって気は起きるだろ?」
「………まあ、そうすね」
俺は平常心を装いつつ、無難な返事を返した。
本当は、既に頭が煮立ってきていた。すぐにでもこの女に掴みかかりたかった。
「そんで何の気なしに調べてみたら、なんとそのドワーフにゃあ、家出した人間族のバカ養子がいるって話があるじゃないか!しかも、背格好や年頃調べれば調べるほど、知り合いの借金こさえた阿呆ガキにソックリと来てやがる…全く、棚から牡丹餅って言うにしても、結構さえない儲けもんもあったもんだねえ」
「………そんなこと知って、何がしたいんだよ、あんたは」
借金取りはコップの水を飲み干して、机の上に置いた。コップの中には、溶けて小さくなった氷が一個だけ残っている。
借金取りは、いつも通りのヒトを小馬鹿にしたような笑顔で俺を見て、再び語りだした。
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