「いやあ、カビが生えた牡丹餅だとしても、ご両親からしたらさぞかし大切な子供なんだろうなあって思ったら、もう一個都合の良さそうな噂もあって。家出するときにひっどい喧嘩したんだって?『俺はオーガやドワーフになんか育てられたくなかった~』とか言っちゃってさ。酷い子供だよねえ、いくら血がつながってなくても、自分の両親のこと差別するようなことクチにして」
「そんなことを言ったつもりはない」
いや、確かにそんなことも言っていた。思春期特有のしょうもない悩み事で、ガラにもなくいらいらして、両親に当たり散らしたのだ。
この野郎、なんて嫌なことまで調べてやがる。
「そんなわけないだろ~、さして狭くもないガタラの住宅地でご近所に知れ渡ってるくらいだったら、よっぽど派手な喧嘩だったんじゃないの?それこそ、親子の縁を切るくらいのねえ…あ、元々実の親子じゃないんだったっけ?ごめんごめん、間違えちまったよ」
「黙れ」
「そんだけ険悪な仲だったら、高慢ちきな両親の鼻を明かしたいとか思ってない?その気があるんなら、あたしがひと肌脱いであげてもいいかなあと思ってる訳よ。アクション混じりの三文芝居にゃよくあるだろ、狂言誘拐?大切な一人娘をどこぞの馬の骨に誘拐されたので、金持ちの両親が身代金渡して娘を返してもらおうと思ったら、実は誘拐犯と娘がグルでした~って言って、どっか逃げちゃうやつ」
「おい、黙れと言ってんだよ」
「結末の見え透いたくっだらねえ芝居だけど、あの手口を再現しちゃえばさ、あんたもさぞかし愉快な思いが出来るんじゃないかな~と思うのよ。にっくき親の鼻は明かせるわ、自分のところにゃ大金が入ってくるわ。ひょっとしたら、3億ゴールドくらいポンと支払ってくれるんじゃないの?少なくとも借金はたいぶ軽くなるよねえ、一石二鳥じゃん!何しろどんなバカ息子でも、自分の子供が命の危険に晒されると聞いたら、ヒトの親なんてみんなバカみたいに命乞いを」
もうダメだ。殴ろう。
と頭に浮かんだ時点で、体は動いていた。
「てめえ!!!」
と俺は吠えて、借金取りに掴みかかろうとした。
途端、パンッという乾いた音がテーブルから響いた。
借金取りの平手打ちとかではない。お互いの体が触れ合う前に、ひとりでに何かが甲高い音を上げた。
俺は予想外の騒音を聞いて、一瞬だけ体が硬直した。長い時間ではないが、ほんのわずかな時間だけ動きを止めてしまった。
奇襲に失敗したと気付いた時には、借金取りは既に俺の体に、抱き合うように組み付いていた。
「…フフッ、やっぱり怒った。一応、家族の情はあるんだな」
「…ッッッッ…」
俺の胸に異様に近い位置で、借金取りは小さく笑った。
強引に振り払うことも出来なかった。借金取りの手が触っている背中が、火に当てられたように熱かった。
恐らく、俺の気付かないうちに借金取りがメラを唱え、いつでも発動できる状態にしてあるんだろう。
俺の脳裏に嫌な思い出が浮かんだ。
ベコン渓谷でネクロバルサとグレイトライドンの大群に追いかけられ、いよいよ袋小路に追いつめられたとき、突如として大群は炎に包まれた。
屈強な魔物たちがけたましい悲鳴を上げて散り散りに逃げ去る中、悠々と向こうから歩いてくる借金取りの影。右手は巨大な火球に包まれ、渓谷の赤い土地を黒々と焼き尽くしかねないほどの熱を上げて…
俺の背中に当てられた呪文は、あの時ほどではないが、人体を貫通するだけの威力はありそうだった。
「死にたくなきゃ、もうあたしを殴ろうとすんなよ…別にあんた如き、『首輪』を使って吹き飛ばしたっていいんだけど、その場合この店がえらい『汚く』なるだろうからねえ。このまま、あたしのメラで心臓貫いた方が目立たなくていい」
と、借金取りは凄みのある小声で言った。
従わない選択肢なんてある訳ない。俺は握りこぶしを解いて、頭に上った血が下がるのを待つしかなかった。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4695481/)