その後、ガタラへの引っ越しを挟み、転校先のスクールで同じように授業を受けても、一向に呪文はうまくならなかった。
メラはうまくすればマッチ程度の火が付くくらい。ヒャドはどう頑張っても一口サイズの氷しか出ないし、ホイミに至っては小さい切り傷も治せないときた。
魔力の扱いは時間が経てば上手くなっていくはず…と先生に言われたので、1〜2年ほど様子見をしていたのだが、それにしても下手くそ過ぎる。
「これでは英雄になどなれない」と焦った俺は、両親に泣きついた。
両親は「別にそんな深刻にならんでも…」と最初は諭したのだが、彼らも見るに見かねたのか、物は試しと医者にかかることにしたのだ。
その医者はドルワームで修行したのち、ガタラで診療所を開いたオーガの賢者で、親父とも仲がいいというヒトだった。眼鏡をかけたコワモテの男で、俺は内心ビクビクしていた。
その医者が、俺の手のひらに片眼鏡のようなガラス器具を置いて凝視しながら、付き添いの親父に説明した。
「お父様、この拡大鏡を見てください。小さな紫色の斑点が見えますね?
これは『魔法孔』と言って、体内で魔力から変換された魔法エネルギーが、体の外へ出ていく際に通る穴です。汗腺と似たようなものですね。
ジャック君の場合は、この魔法孔が一般のお子さんよりも若干少ないのです。ジャック君の年齢なら、普通だったら手のひらの直径1cmほどの範囲に10個は魔法孔があるんですが、ジャック君の場合は6個しかありません。
呪文の出が遅かったり、威力が明らかに小さかったりするのはこのせいでしょう」
これに対し、親父はごく冷静に
「つまり、病気というよりは、そういう体質であると?」
と質問した。
「そうですね。体質的なものです。
感覚的な数字ですが、受診くださる5人に1人くらいは、ジャック君のように魔法孔が平均よりも少ないという子がおります。ごくありふれた症状ですよ。
例えるなら、『普通より鼻の穴が小さくて鼻づまりを起こしやすい』とか、その程度のものです」
「事前に話した通り、この子は呪文の出が悪いことに悩んでましてね。どうにか改善できるような手立てはないでしょうか?」
「最新の針術であれば、特殊な薬草で魔法孔の数を増やすということも可能ではありますが…あまりおすすめできません。
まず、その薬草が入手しづらい高価なもので、施術にはそれなりの資金が必要です。第2に、施術にはかなり苦痛が伴い、術後2、3日は手が使えなくなります。なにより、施術したからと言って、呪文の出が必ずしも良くなるというわけでもありません。
ジャック君の場合は、現状のままでも日常生活には何の支障もありません。健康そのものな体で無理に施術しても、あまり大きなメリットはないと考えます」
医者は、そんな恐ろしい内容を淡々と語った。
一方の親父は、
「だ、そうだよ。ジャック。父さんとしては、施術までして治すようなこととは思わないが、決めるのは君だ」
君はどうしたい?と親父は聞いた。
俺は「やめとく」と即答した。
「施術にはかなり苦痛が伴う」という下りで、俺はとっくの前に心が折れていた。
帰り道、俺はとぼとぼとガタラの表通りを歩いていた。
今更ながら、痛い程度の問題で施術を投げ出した自分の情けなさに腹が立っていた。俺はなんという意気地なしなのだ。ちょっとした痛みを我慢できないで、一体どうやって英雄になるというのか。俺はここまで器の小さい人間だったのか---
鬱々と下を向く俺に対し、傍らを歩く親父が言った。
「君は、自分の選択が間違ってると思っているかもしれないが…『痛い』とわかっていることを避けるのは、ヒトとして当たり前の感覚だよ、ジャック。父さんは、君が選んだことが間違ってるなんて思わないよ」
(続き:https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/6619469/)