「けど父さん…僕は英雄になりたいんだ…こんなコトじゃ、英雄になんてなれない…」
「痛みに耐えるばかりが英雄というわけでもないよ。逃げることで偉くなったヒトも世の中にはいるさ。
…ああ、そうか。呪文がまともに使えない奴は英雄になれない、と君は考えてるんだね?それも相まって、君は自分がひどく情けない奴だと思っているわけだ」
違うかい?と聞く親父に、涙を堪えながら俺は合ってると答えた。
「全然そんなことはないよ!呪文が使えなくても強い冒険者はいっぱいいる。それに、自分ができないことを仲間にやってもらうのも全く恥ずかしいことじゃない。呪文ができないからって、君が恥じ入る必要は全くないんだよ、ジャック。
君は君ができることを、できる範囲でやっていけばいい。何が自分にできることなのかは、ゆっくり探していけばいいさ」
親父はからりと笑った。その笑顔のおかげか、俺の心は少し軽くなった。
家に帰ったあと、遠方の職場から帰宅したばかりの母も、小さな弟をあやしながら、
「別に今のままでも困らんのでしょ?じゃあ、いつまでもクヨクヨしてるんじゃないよ」
と、ざっくばらんに言った。めちゃくちゃドライである。
こうして、俺は人生最初の挫折を味わった。
***
場面は、俺が弟にこっぴどく怒られた後、宿屋を出たところに戻る。
とっくに昼を回ったガタラの街は、ドワーフたちの低い背丈と、他種族の高い背丈が入り混じって、忙しない様相を見せている。
未だ鈍痛が続く頭を抱えながら、俺は次にやることを考えた…が、何も思いつかない。何かやらなければならないことがあった気がするんだが、あと一歩のところで何かが邪魔をして思い出せない。
1分くらい奮闘して諦めた。まあ、思い出せないなら、もはや俺にとってはどうでもいいことなんだろう。
目的も定まらないままぶらついていると、展望台へ続く階段あたりで、会いたくない顔を見つけてしまった。
レンジャーシャプカを被り、しかめっ面を浮かべているドワーフの女は、不機嫌そうな表情のままこちらを睨んだ。そして、手に持っていた羊皮紙を懐にしまうと、こちらに近づいてきた。
しまった、隠れ損ねた。
「胡散臭い顔があると思ったら、アンタだとはね。まだせこいバイトを続けてるの、『用心棒』?」
「…昼間はそっちの名前で呼ばないでくれないか、『時の王者』様。源氏名みたいなもんだから」
「あっそ。減らず口は相変わらずみたいね、半端者のジャック・ルマーク」
女はフンッと鼻を鳴らした。偉大な二つ名を戴く彼女は、しかしその二つ名を嫌っていた。
標準的なレンジャーの衣装に身を包んだその女は、名をポポムという。
この名前を聞いて驚く読者もいるだろうか。レンジャー協会本部で愛想振りまくベテランレンジャー、あのポポム姉である。
あの明るく陽気な顔はあくまで表向き。その実態は、裏業界における『秘密警察』のような組織を率いる顔役である。俺のようなチンピラからマジのギャングまで、幅広い人材の首根っこを押さえ、好きなときにアゴで使う、ものっすごい女傑だ。件の借金取りと同類のヒトである。
その彼女が、自身の戴く『時の王者』の称号を嫌っている理由は、また込み入った説明が必要なため、今は省く。本人曰く、忌々しい敗北譚なのだそうだ。
(続き:https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/6619473/)