さらに、「呪術王」の罪科は精神操作呪文の乱用に留まらない。
「呪術王」は、この精神操作呪文と同様の効果を現す「麻薬」を生み出し、世界中にばら撒いたのである。
強い快楽を生み出す代わりに、服用者の人格をガラリと変えてしまう魔性の薬は、裏世界の権力抗争に大量投入され、とてつもない混乱を引き起こした。
ある大陸では、半世紀に渡って裏世界を取り仕切ったマフィアの一家が、「麻薬」の利権を巡る無惨な権力抗争によって崩壊した。
ある国家では、国軍の間で「麻薬」が蔓延して指揮系統が崩壊し、ひいては国家自体の滅亡を招いた。
その他、「麻薬」を巡る争いによって滅びた組織は数百、人数にして数万人に至るという試算もある。
個人の魔法使いが引き起こした事態としては、あり得ざるほどの甚大な被害。
その恐るべき災禍を引き起こした張本人は、各国の国軍から新たなる「呪術王」、犯罪者の頂に立つ「虚ろの呪術王」として指名手配されることになった。
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机に座って読み耽っていると、突如、横合いから腕を突っ込まれ、俺は読んでいた本を奪われた。
面食らう俺が顔を上げると、すぐ隣に若い人間の男が忽然と立っていた。ひどく顔色の悪い、痩せぎすな男だが、顔立ちそのものは整っており、薄緑色の髪が印象的だった。
「---またくだらないものを読むやつがいるな」
その男は心底軽蔑したような表情で、奪い取った本を酷評した。
「くだらない…って、その本がか?見ず知らずのやつから奪っといて随分な言い草だな」
当然の成り行きとして、俺はその男に抗議したが、どこ吹く風という感じだった。男は逆に、俺に質問してきた。
「お前、この本を読んでどう思った?」
「え?まあそうだな…世の中には悪い奴がいるんだな〜としか」
「暗愚だな」
「は?」
「まんまと執筆者の思惑に踊らされている、お前のようなやつを暗愚と言わずになんと言う?その文章を読んでなんの疑問も浮かばない時点で、お前の頭の程度が透けて見える」
「---」
唐突な悪罵に絶句した。初対面の相手にここまで悪意満点な台詞を吐くやつは、よほど教育が悪いチンピラか、頭が良すぎて世の中を見下す秀才のどっちかしか思いつかない。後者は漫画の中でしか見たことないけど。
数瞬置いて頭が沸騰しそうになったが、流石に図書館で喧嘩はできない。理性を総動員してクールダウンする。
「へ、へえ~~~、よっぽど自分のオツムに自信があるみたいで…一応、その心を伺っても?」
下手なあて推量だったらぶっ飛ばす。
「『個人の魔法使いが引き起こした』、という表現が気に食わない。世界中の村々で引き起こした『神隠し』、世界流通が叶うほどの『麻薬』の大量生産…こんな大事業を『個人』が起こしたなどと表現するのは馬鹿げている。村々における大規模な誘拐も、『麻薬』の生産体制を整えるのも、全ては組織立った犯行である---と説明する方が自然だ。それを敢えて、『虚ろの呪術王』という如何にもな『悪役』1人の所業として語っている。こんな本、ゴシップと何も変わらない」
予想に反して、男は論理的な主張を述べた。
立板に水と流すような痛烈な批判だが、口調は一貫して淡々としており、冷静なのか怒っているのか、感情が読み取れないのが不気味だった。
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/6777687/)