アオマリモの冒険日誌

俺はひとまず聞き役に徹することにした。男の主張は続く。

「どこぞのジャーナリストが、聞きかじった噂と与太を繋ぎ合わせただけの、裏取りをはなから捨てた記事だ。犯罪者の話題性だけで、本気で売れると思っているのだろう。反吐が出る。
そして更に度し難いのは、こんな本を手に取る『読者』は、自らが読んだ本の主張を頭から信用することだ。人間は読みたい本しか読まないし、読みたい本に書かれていることは真実であると、無意識に信じている。作者が読者を欺く可能性など、まるで考えやしない…そのような衆愚の思い込みが、執筆者の悪意が、いとも簡単に事実を捻じ曲げる。居たはずの人間の存在を抹消する。実に、実に度し難いことだ」

事実、と言った辺りで、男の表情が僅かに歪んだ。泣き出しそうな、悲しい表情に見えたが、すぐに無表情に戻ってしまった。

「…じゃあよ、アンタ。実際のところ、呪術王は悪人じゃなかったとでも言いたいのか？」

この男が言った『事実』というのが、どうも呪術王に対する弁明のように聞こえたのだが、男は首を振った。

「いいや？俺が言いたいのは、『呪術王』とやらは、ただの人間じゃないか？という話だ。色んな仲間に囲われた、ちっぽけな魔法使いだったんじゃないか？そいつを極悪人に仕立て上げた唾棄すべきものは、『この社会』そのものなんじゃないか？」

男はごく淡々と、途方もない憎悪を語った。
冗談を言っているようには見えなかった。背筋がヒヤリとした。

散々語った男は、チッと舌打ちした。そして、本を持ったまま立ち去ろうとした。

「お、おいおい、何がしたいんだよお前…」

俺はその男の肩を掴んで、あまりの無軌道っぷりに抗議しようとしたが…ぞわり、と悪寒が走り、つい手を離してしまった。
理由が説明し難いのだが、直感的に『こいつの体に触ってはいけない』と感じた。
なんだ。一体こいつはなんなんだ？

男は振り向きもしない。初めから俺のことなど眼中にないとでもいうかのような、徹底した無関心である。

「…何を言ってるんだ、俺は。下巻の隣に上巻がなかったからといって、借り主を探すものではなかった…」

ぶつぶつと独り言を言いながら、男は去った。

一人取り残された俺は、呆然としたまま突っ立っていた。
あんな理不尽な会話の後で、読書を再開する気にもなれず、眠気まで失せてしまった。むしゃくしゃした気持ちのまま、当てもなく歩き出す。

その後、いくつかの本棚を物色したものの、興味をそそられる本は見つからず、結局入口まで戻ってきた。
なんの気もなしに、入口横の掲示板に目をやる。図書館に入った新刊の一覧、子供向けの読み聞かせ会などのイベント情報…など。
ほとんどはあまり興味をそそられない内容だったが、一点目を引くチラシがあった。そっけない見出しと、水墨画調の絵が載ったチラシである。

『フロイト劇団-百刀の剣士～第8幕:スイの冥界巡り編～
○月×日　18:00開演
ガタラ住宅村　水没遺跡地区○丁目○番地
入場料無料』

『百刀の剣士』。懐かしい。子供の頃によく見に行っていた演目だ。しかも今日開幕とはタイミングがいい。
最後に見たのはいつだったか…と考え、ちくりと心が痛くなった。
この演目にはまっていたその時期こそ、俺が母と大喧嘩し、4年に及ぶ家出を決行した頃だったからだ。

嫌なことを思い出してしまったが、俺は頭を振って忘れようとした。
別にこの演劇と、嫌な思い出に直接因果があるわけでもなし。折角の機会だし、続きを観に行くのも悪くないだろう。
そう思い立ち、俺は意気揚々と図書館を後にした。

不思議と頭痛は軽くなっていた。

(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/6787914/)