俺がその男を見つけたのは、水没遺跡地区の入り口だった。
水没した石造りの遺跡がそこら中に転がる区画は、先に述べた通り家屋がほとんど立っていない。まだ自宅まで距離のある位置だが、街灯がまだ点いていたのもあり、遠目から自宅の辺りの様子は伺い知れた。
この距離では顔かたちまで判別できないが、背丈からして自分と同じ人間族であるようだった。俺の家の敷地前で、幽鬼のように突っ立っている。
普段からヒトの寄り付かない地区、一般住民が寝静まる深夜、さらに知り合いにもほとんど教えていない自宅の前に、男が待ち構えている。
裏クエストで嫌でも鍛えられた俺の勘が、嫌な疼き方をした――
ああ、これはヤバい奴だ。逃げよう。
今来たばかりの道を戻るため、きびすを返そうとした矢先、ぐるり、と。男がこちらを見た。爬虫類のような無機質な目玉が俺を見据えている。まだ距離があるのに、「――見つけた」と、男が呟いたのがはっきりわかった。
バチンッ、と。暗闇によく響く音がしたと思った瞬間、俺は住宅村を囲む岸壁に叩き伏せられていた。
ノータイムで背中から地面に激突し、鈍痛が体に響いた。
何が起こったのか一切わからない。俺は大いに混乱し、痛みから悶えようとしたが、腕の一本も上がらない。見ると、泥とも液体ともつかない、グロテスクな緑色の巨大な物体がぐちゃぐちゃとうごめきながら、俺の身体に覆いかぶさっていた。顔以外の身体全体を抑えられている。
首を下げて観察すると、物体のところどころに、黒い穴と見まごうドロドロした目玉が何対もくっついているのがわかった。これはジェリーマンだ。ジェリーマンが何体も合体したものが、このグロテスクな拘束具の正体だ。
俺は渾身のチカラを込めて、ジェリーマンの群れを引きはがそうとしたが、ビクともしなかった。ジェリーマンの群れの端の方の個体が、がっしりと岸壁を掴んでいた。なんて怪力だ。ジェリーマンと相対したことはほとんどないが、ここまで剛力な魔物だったか? ジタバタともがくうちに、俺の目の前にあの男が立っていることに気付いた。自宅前からここまでそこそこ距離があるはずなのに、一瞬でここまで移動したのか。
街灯に照らされて、男の顔がようやく見て取れた。薄緑色の髪が街灯の光を照り返し、顔立ちそのものは整っているが、ひどく顔色が悪い。爬虫類を思わせる無機質な目は、はっきりと俺を見据えている。
俺はその男が、昼間ガタラの図書館で会ったあの人物であるとわかった。
図書館の男は、問答無用と言わんばかりに右手を上げ、俺の額を掴んだ。青白く発光するその手は、人体のものとは思えないほと冷たかった。
「ま、待て…!!!」
と、俺は叫ぼうとしたが、図書館の男は気にも留めない。万力のごとく俺の頭を締め上げたまま、男は聞き覚えのない呪文を唱えた。
瞬間、俺の意識は刈り取られた。
崖の上から突き落とされ、海の底に落ちるような衝撃に晒される中、俺の脳裏で見覚えのない光景が閃いた。
***
「あんた、もう金持ってこなくていいよ」
「―――は?」
目の前に立つ借金取りは、そんな信じられないことを口走った。
二つ目の裏クエストを終えた日―――つまり、昨日の夜のことである。仕事仲間であるウェディの怪盗もどき、プクリポの化け狸と別れ、翌日朝に始まる裏クエストに備えて宿屋で休んでいたところに、あの借金取りのウェディ女、メルトアが訪ねてきた。借金返済課題がまだ終わっていないタイミングで、メルトアが訪ねてくることは今まで滅多になかった。しかも一昨日に続いて二度目だ。何か異常なことが起こっているのではないか…と、漠然と嫌な予感がした。
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7169486/)