鉄製の回転椅子に座った一人と、その人物にべったりと張り付く一人。
張り付いている方はウェディの女だ。薄い水色の肌に紫色の髪、黒いジャケットにショートパンツを履いて、椅子に座る人物の首を、背もたれ越しに両腕で囲っている。見るからに恋人然とした甘ったるい仕草だ。
一方の椅子に座る人物は、人間の男のようだった。後ろにべったりくっついている女には目もくれず、そろばん大の小さな板を一心不乱に叩き、目の前の水晶板に見入っている。
俺とその他の男たちをここまで連行したオーガは、この部屋に俺たちを押し込んだ後、さっさと退散してしまった。なんとなくだが、こんな部屋から一秒でも早く抜け出したいという、焦りのようなものを感じた。
せっかく連行した俺たちを逃がす心配はしないのだろうか?恐らくしていない。このときの俺たちはあまりにボロボロで、歩くだけで精一杯という有様だったのだ。
ウェディの女は、首を回してこちらを一瞥した後、
「カーくん、来たみたいだよ。例のヒトたち」
と、甘ったるい口調で、椅子に座る男に声を掛けた。
ぐるり、と椅子を回転させて、男は俺たちを正面がら見据えた。
眉間にしわを寄せた、険しい顔をした男だった。緑色の髪が目を引く。
顔立ちは整っており、血色もよさそうだが、なんだろう。どことなく無機質な印象を与える視線だ。生身のヒトを見るような感じではなく、路傍の石ころを見つめるような…
女の方は、椅子の回転に合わせて、男の背中に移動している。相変わらずのべったり具合で、男との蜜月具合が透けて見えるようだ。
最初は背中越しで見えなかった顔が、俺の正面に回ったことではっきりわかった。美人な顔立ちで、目じりの下がった表情がなんとなく猫を思わせる。
俺はここで、その女がメルトアに似ていることに気付いた。
似ているというか、同一人物じゃなかろうか…身長と顔立ちはそっくりだ。そっくりなんだが…どうも確信が持てない。『借金取り』たるメルトアは、ドラゴンと見間違うような実に迫力のある表情をしたものだが、この女は印象が違う。なんだか甘ったるい表情をしている女であり、身にまとう覇気がメルトアと全く違う。
連行されたうちの一人であるウェディの男が、不意に叫んだ。豊かに生やした口ひげが土くれで汚れている。
「め、メルトア!助けてくれ!」
男は、正面のウェディの女に呼び掛けた。
メルトア。メルトアっつったかこのおっさん。やっぱりこの女、借金取りと同一人物なのか?もう一度まじまじと女を観察したが…だめだ、やっぱりしっくりこない。どうにも表情と雰囲気が借金取りのメルトアと別物だ。なんだ、この違和感?
当の女の方は、叫ぶ男のことなど気にも留めない。椅子の男の頭に顎を乗せて、冷たい視線で床に這いつくばる面々を見下ろしている。
ウェディのひげおやじは、めげずによろよろと立ち上がり、椅子に座った人物の方へ近づいていった。
周りの男どもは、信じられないといった表情でウェディのおやじを見ていた。というのも、恐らくはウェディのおやじを除く全員が、椅子の男の異様な雰囲気に呑まれていたからだ。ゴーレムを思わせる無機質な目をした椅子の男は、一見するだけで不吉なものを感じさせる。俺を含めた全員が、とにかく椅子の方へ近寄りたくないという決意を固める一方で、ウェディのおやじだけが近づいていったわけなのだ。
ひげおやじにしたって、別に人一倍の勇気を持っていたわけではないだろう。彼の場合、椅子の男よりも優先すべき事項があっただけだ。つまり、メルトアと呼ばれた女に助けを求めることだ。
ひげおやじは貼り付けたような笑顔を浮かべて、必死にメルトアにすがった。
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