「なあ、これは何かの間違いなんだろう?お前、言ってくれたよな?『私の愛はあなた一人に捧げる』って、あの満月の晩に言ってくれたろ?だからこそ、メイソンの金庫から金塊をくすねてきたんだ。言ったよな?妹さん、それで病気を治したんだろ?メイソンの下男に叩きのめされても、お前が幸せなら別に俺はよかったんだ。だから、この場は」
「寄んな、クソおやじ」
必死に何かを弁明するひげおやじを、女は冷たくあしらった。椅子の男に甘ったるく話しかけるのとは丸っきり違う、心底軽蔑したような声音だった。
「メルトア、俺、俺は――」
「私がアンタみたいな小汚いおやじを愛してたなんて、本気で思ってるの?ドブに顔面突っ込んだみたいな奴に愛情浮かべる女は気が触れてるわよ。しかもなに、女に入れあげるために、元から借金まみれだったくせに、地元の豪商から資産をくすねるなんて。こっちから願い下げよ」
「だ、だから、それはお前のために」
「なによ、この期に及んで『難病の妹』なんてのが本当にいたとでも思ってるの?めでたいやつよねぇ、ほんとに。まさか居もしない子供のために、お偉方の家に押し入るやつがいるなんて馬鹿なおやじが―」
「メルトアっ!!!」
激高したひげおやじが、メルトアに掴みかかろうとした――その瞬間に、ひげおやじの命運は決まった。
それまで沈黙を保っていた椅子の男が、襲い来るひげおやじの顔面に手を添えた瞬間、おやじは反対側の壁まで吹っ飛ばされた。
壁に叩きつけられたひげおやじに、緑色のアメーバが覆いかぶさって磔にした。口までアメーバに覆われたひげおやじはなおも叫んで暴れ狂ったが、アメーバはビクともしなかった。
椅子の男は呆れた顔をして、背中にもたれかかる女に声をかけた。
「――別に、俺以外の男に入れ込むのは構わないが。襲いかかられるくらい狂わせるのもどうかと思うぞ」
「なぁにカーくん、私がカーくん以外に真剣になるわけないじゃない?カーくん以外のオスなんて、ただのお遊びよ。勝手に向こうが狂ってくるだーけ」
「俺にとばっちりが来る分、迷惑なんだがな。金については心配いらないと言ったじゃないか。お前が元鞘の結婚詐欺をやる必要は全くないぞ」
「お金についてはまあ、カーくんにとってはベリルの手下が持ってくる分で足りるかもしれないけどー、ちょっと悔しいじゃない?カーくんの手助けができると思ったら、その辺のオスからお金を巻き上げてくるくらい、ね?」
「ああ、全く。邪悪で血も涙もない――いい女だよ、お前は…」
ひとしきり、邪悪な夫婦問答をした後、椅子の男とウェディの女は、ディープキスを交わした。周りの目など気にもしない様子だった。
俺とひげおやじ以外の連行組は、一瞬の出来事にあっけにとられたが、あるドワーフの男がぼそりと、確実な恐怖とともにつぶやいた。
「じゅ、『呪術王』カワキ…!!無数のジェリーマンを従える、裏社会の魔術師…!!」
呪術王の名の下に、連行された男たちの間に恐怖が伝搬する。
「呪術王…!?な、なんでそんな怪人が目の前に…?」
「わけのわからない呪文をかけて、捕らえたヒトを廃人に変えまくるっていうあいつか…なんで…?」
「ただの借金じゃねえか!なんで借金取りじゃなくて、こんなヤバい奴のところに連れてこられちまったんだ…!」
その中でもただ一人、つまり俺は、そのアメーバの塊――ジェリーマンから、椅子の男の正体を理解してしまった。
今見ているこの場面より未来――つまり現在。ガタラの住宅村で俺を襲った男は、あれが初対面ではなかった。
俺はこのとき既に、この地下の施設において、『呪術王』と遭遇していたのだ。
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7171665/)