椅子の男、改め呪術王が口を開いた。
「『なぜ俺のところまで連れてこられたのか』って聞こえたな――ベリルの奴が経営してる金貸しから、お前らが金を借りて、しかも返せなくなったからってだけの話だ。
ベリルによれば、『闇金から金を借りたって時点で、借りた人間は身売りしたも同然の扱い』なんだってよ。おかげで俺も、実験素体に困らない」
言いながら、呪術王は椅子から立ち上がり、壁に磔にしたひげおやじの元へ近づいていった。
ひげおやじ以外の連行された男たちは、必死に呪術王を避けようとしたが、なぜか足や腕が床から離れない。いつの間にか現れたジェリーマン製の拘束具が、俺たちを床に縫い付けてしまっていた。
悠々とひげおやじの前に立った呪術王は、ひげおやじの顔をねめつけている。ひげおやじは相変わらず、メルトアの方を見てもがいているが、もはや彼に出来ることは何もなかった。
ふーん…と、別に何ということもなく、呪術王はひげおやじの顔を品定めした後、
「…この脳モデルなら、九十パーセントくらいはいけるか?試してみよう」
とつぶやいて、青白く光る右手でひげおやじを撫でた。
必死にもがき続けるひげおやじの挙動が、急に止まった。
呪術王が壁から離れると、ひげおやじを拘束していたジェリーマンが離れた。
解放されたひげおやじは、床に顔を派手に打ち付けた。受身を取る暇もなかったのかと思ったが、違う。ひげおやじは失神していた。両目とも白眼をむき、だらりと垂れ下がった両手は小刻みに痙攣している。鼻が折れて派手に血を吹いているのに、それを痛がる様子が全くないのである。ひげおやじは物言わぬ人形と化していた。
「ひっ…」と、誰かが短い悲鳴を漏らした。
俺はというと、もう何が何だかわからなくて、ぽかんと目の前の光景を見守ることしかできなかった。呪術王の悪名を知らなかったが故に、悲鳴を上げることもできなかった。
もっと派手な悲鳴を上げないのが不思議なくらいの惨劇だったが、ヒトたるもの、理解を超えたものを見たら、案外こんな間の抜けた反応しかできないのかも知れない。
異様な雰囲気に呑まれる面々をよそに、倒れたひげおやじを再び撫でた呪術王は、やや残念そうな顔を浮かべた。
「あー…だめだ。三分の一くらいコピーに失敗して値がぶっ壊れやがった。メモリが足りなかったか…まあいいや、次」
そんな風につぶやいた後、呪術王は、何ら感慨深くもなく、ごく自然と惨劇を起こしていった。
ひげおやじの次はドワーフの頭を撫でた。一瞬で意識を刈り取られた彼は、生き物の顔をしていなかった。
「今度はどうだ…お、七割無事だ。頭がでかいからメモリもでかいのか?いや無いな。前に使ったやつは二千桁でパンクしたな、そういえば。ただの個人差だろう。次」
待って、待ってお願い来ないで、今日から真面目に働くから――と命乞いをするエルフも、すぐに何も言わなくなった。虚ろになった目は天井を見上げているが、その実は何も見ていないんだろう。
「こっちは…あ、いいぞ。四千九十六京桁全部入った。エルフでは新記録だ。脳モデルなんてほとんど差がないのに、記憶領域についてはなんでこう個人差がでかいんだろう…次」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおこの野郎ぶちころしてやややややややややっ―――っ―っ――っ―――――――――
「うるさっ…いけね、手元が滑った。半分ダメになった上に前頭葉までいかれやがった。やっぱオーガは話になんねえ。次」
次が、俺だった。
叫びもせず泣きもせず、呆然と目の前のことを眺めていた俺は、あっけなくこと切れた。
「――なんだ、何も抜かさん奴があるか。結果は…四千九十六京桁、破損なく入ってる。優秀、というより、なんというか…」
面白味がないな――などとつぶやく彼は、その後も淡々と男たちを撫で続け、それまでと似たり寄ったりの阿鼻叫喚が繰り広げられた。
後には肉の人形の山が残るのみだった。
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