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夢を見ている。
目に見えるのは、数字ばかりだった。
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そうした調子の数字の羅列が、延々と並べられた視界だ。
右を見ようと左を見ようと、数字ばかりが目に映る。まるで目に直接、数字だけを書き殴った紙を貼り付けられたような感じだ。
数字以外、何もない視界だった。
一体、いつからそんな状況に身を置かれたのか。思い出そうとしても、目の前の光景から目を離せなくて、どうしても頭が働かなかった。
そういう調子なので、自分が何者で、自分がどこにいるのかも、答えが出せなかった。
唯一、頭上を仰ぎ見ると、淡く波打つ水面越しに、妙な光景が広がっていた。
何かしらの鉄の塊と、巨大な水晶の板。板の前には男女が二人並んで立っている。
男女の顔には見覚えがあるような気がしたが、何かを思い出すのも億劫で、誰なのかまでは見当がつかなかった。
水面越しに、二人の会話が聞こえてくる。
「カーくん、実験終わったー?なんか進展あった?」
「終わった。記憶媒体用の脳モデルのデータ集めは、今日の十人で終わりだ。あとはCADで理想値モデルの設計書を書いて、拉致った道具鍛冶職人に材料を渡せば、実運用に耐えるものはできるだろう」
「きゃはははは!なに言ってんのか全然わかんなーい!わからないこと言ってるカーくんも素敵よー!!」
はあ、とため息をつく男は、指を立てて解説を始めた。
「――メルトア。お前は興味ないだろうが、ここまでこぎつけるのに相当な労力がかかってるんだぞ。銀行から<拡張>させる元ネタの魔法陣を盗ませるのにしろ、四千九十六京桁かける五個の数列でできた立体魔法陣を精密に<拡張>させるためのコンピュータの開発も、裏社会期待の暗黒星と謳われるベリルが禿げ上がるほどの金を投資してやっと実現してんだ。俺もここ数日ろくに寝てないんだぞ」
「そりゃあ大変ねー。でもさー、わかるように解説してくれないと、カーくんの苦労話もわかってあげられないの。もっと簡単に言ってくれない?」
「…俺は俺のわかるようにしか話せないけど、努力はするよ。
『この世界』には、ほんの数年前まで『コンピュータ』なんて道具は存在してなかった。コンピュータ。前にも話したが、覚えてるか?俺の故郷で隆盛を極めていた、『計算』だけを目的とした機械のことだ。メラだかヒャドだかの単純なエネルギー生成呪文を<拡張>するのはわけないが、銀行の魔法陣ほどバカでかい規模の呪文を<拡張>するのは、俺の脳だけではちょっと手に余ってな。こっちでもコンピュータが欲しいってなったのがそもそもの発端だ。
俺も電子工作をかじってた身の上、コンピュータの設計書くらいは引けたんだが、実際に作る方が問題だった。道具鍛冶職人を拉致って、コンピュータの部品を作らせてはみたものの、真空管レベルの部品を作るのが精一杯で、バカみてーにでかい上に演算能力も低い、初期型のメインフレーム程度の代物しかできなかったわけだ。この程度じゃあ、銀行の魔法陣の<拡張>には到底足りないものだから、いったん本来の目的を棚上げにして、より高性能なコンピュータを作ることにした。
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7171669/)