で、だ。この実験はそのコンピュータ開発の一環だ。CPUやグラフィックボードとかはもうできてんだが、もう一個必要なパーツがある。それが記憶媒体、HDDだ。記憶媒体自体はメインフレームもどきの段階ですでに作ってるが、さっきも言った通りくそでかい。もう一歩高性能な機体にするには、記憶媒体の小型化が必要だった。
だが、元の世界そのまんまのHDDを作るには、材料がこっちで手に入らないものばかりだった。プラッタの間に仕込むヘリウムなどだ。だから製作方法にずっと悩んでたんだが、思いもよらない解決策が『この世界』にはあった…要は、『ヒトの頭が一番記憶力が良い』んだ。脳髄の構造を完コピして、水晶とかで構造再現すれば、そこそこに小さい記憶媒体が作れるってことがわかった。『物体の構造解析』と『物体コピー』の魔法が存在するアストルティアでしか出来ない芸当なんだそ、これは。水晶で記憶媒体が作れるのも意味わからん」
「ふー、んー…?」
「まあ、作成自体はCPUの方が血反吐吐くほど難しかったがな…たかだか半導体一個を作るのに、まさかドルワーム水晶宮の魔法機械学者を使いつぶす羽目になるとは思わなかった。そこはどうでもいいか。ここまでOK?」
「わかった!わかんないけど!」
あっけらかんとした女の回答は、長々解説した男の労力に見合わないように感じたが、男はため息一つで受け流した。徒労も受け流せるだけの興奮が男にはあった。
「わかんないか?つまりだな――」
ぐいっと、男は女の両肩を抱き寄せた。少年のように目を輝かせる彼は、目の下のくまを気にする様子もない。
「今日やっと、ヒトの脳モデルを参考にした次世代コンピュータが、やっと、やっと完成の目途が立ったんだよ!
長かった!苦節三年かけてやっとだ!やっと『銀行の魔法陣の<拡張>』が再開できるんだ!」
二人は抱き合ったままくるくると回り、最後にキスをした。
「わーー、良かったねカーくん!じゃあ、ベリルが常日頃から騒いでる『アレ』が、もうじきできるのね!?」
「ああ、そうだ。これで世間のデク人形どもに思い知らせることができる!」
興奮した男は高らかに宣言する。
「『この世界』の大地を『地球』の大陸で上書きさせる!!アストルティアの大地とデク人形どもが砕け散るその様、お前に見せてやるよ、メルトア!!!」
さながら、いにしえの破壊神のような大それたことを言ってのけた彼は、何も怖いものなどないかのようだった。
――俺は、水面越しに映る光景を、何の感慨もなく見つめている。
自分を薪のように使いつぶした男、その傍若無人なふるまいに、反撃はおろか文句の一つも叩きつけることができなかった、己の弱小さも嘆けぬまま。
俺は数字だけが浮かぶ海に、深く沈んでいった。
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