記憶の反芻は、何の前触れもなく終わった。
倒れこんでいる場所は、記憶に沈む前と同じ、ガタラの住宅村だった。
深い海の底に沈む心地だった俺は、ふいに戻ってきた現実の空気にむせた。胸の奥も気持ち悪くて、知らず自分の胸ぐらを押さえた。
目の前には、事をし終えて立ち去ろうとする暴漢一人――呪術王の姿があった。
そう、呪術王で間違いない。記憶の中よりかなりやつれているが、緑色の髪と無機質な目線は間違えようがない。
もし俺が気絶して時間が経っているのなら、呪術王はとっくの前に姿を消しているだろう。恐らく、気絶してからこうして目覚めるまで、ほんの一瞬しか経っていないのだ。
その間に、呪術王の目的は滞りなく達成できたのだろう。背中を見せる呪術王には、安堵した空気すら見て取れた。
その姿に――形容し難い不快感を覚えた。
「――オイ、待て。この野郎…」
息も絶え絶えだったが、根性で立ち上がり、呪術王と呼ばれる男に乱暴に声をかける。
バッ、と、呪術王は勢いよく振り返った。なぜか知らないが、ひどく驚いた様子だった。
「―――貴様っ…なぜもう意識が回復してる?」
「はあ…?殴られたわけでもなし、なんで意識を失う前提で動いてんだ、てめえは」
「二日は目覚めないように、精神にロックをかけた。素人に解除できる手立てはないはずだぞ。どんなトリックを使った?」
ひっでえことしやがる。二日飲み食いしなかったら多分死ぬぞ。
記憶の中と同じだ、ヒトを手にかけることに一切の躊躇がない――何様だ、お前は。
「トリックなんざなんも仕込んでねえよ…仕込んだとすれば多分――アイツだろうな…」
「なんの話だ」
「うるせえ、お前に言うわけあるかよ…」
仮に、あの借金取り――メルトアが、この事態を予見していたなら、あの最後の邂逅で、俺の頭に呪術王の呪文を防ぐ何かを仕込んだんだろう。
くそ、どういうつもりなんだ、アイツは。ポポムが所在つかんだら、徹底的に問いただしてやる。
その前に、メルトアと対決するその前に。やるべきことができた。
「一個…聞きたいことがあるんだけど」
「――は?」
呪術王は生返事を返す。
「いやな、さっき思い出したことと、直感を合わせての質問なんだけどさ。お前――『何様のつもりだ』?」
「――――――――はぁ?」
心底、呆れたような回答があった。構わず続ける。
「シーピーユーだかエッチディーディーだか、よくわかんねえことばっかほざいてやがったがよォ~~…お前がなんか大層なことをやるために、結構な人数のヒトを食いものにしてきたことだけはわかったぜ…この少ない材料だけでよく…よーーーくわかった…はっきり言って恐れ入った。てめえ、よくそこまで良心を捨てられンなクソ野郎!!!」
俺は自分でも信じられないほどの怒声を上げた。
頭の中で、かつてないほどの火花が散っているのがわかった。
胸には未だかつてない怒りがこみあげて来ている。
正義だとか正当防衛だとかの小綺麗な理屈をすっ飛ばした、シンプルな激情に支配された。
目の前の男は、自らの野心のために、大勢の人々を薪の如く消費した。普段の俺なら、それだけなら黙って逃げていたかもしれないが、その『犠牲者』の中に自分自身が含まれているならもう、ダメだ。
見逃す気など微塵もない。相対する敵を完膚なくまで叩きのめさなければ収まらない、純然たる殺意が煮えたぎっていた。
こと戦闘において、冷静さを欠いた状態は危うい――などという、冷静な内なる声も黙殺した。
それだけの衝撃と激情を、思い出した記憶から受けていたのだ。
そんな俺の激憤を受け取った呪術王は、心底、本当に心底嫌そうな顔を浮かべて、
「メラガイアー<極大焼失呪文>」
何のためらいもなく、俺を殺しにかかった。
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