呪術王――カワキという男は、虚ろな目を天上へ向けて語り出した。
「しかもなんだ、視界には常に黒いウィンドウが広がってやがる。そこらの生き物を見れば、ゲームのHPみたいに残りの寿命がわかってしまう。筋力だとか知恵だとか、ちょっとコマンドをいじれば全部見えちまう。自分の頭の中を覗けば、知り様もないはずの呪文が無数に詰まっていて、対象を選んで発動すれば、人間や動物が面白いくらい自由自在にいじれちまう。ちょっと触っただけで死んじまうような生き物に囲まれて生活してたら、いつかまかり間違って大虐殺を引き起こすんじゃないか――ずっと怖かった。俺はこんな能力、欲しくなかった」
興奮…というより、それは諦観のような感情が見える語りだった。
その絶望の理由など想像できるはずもない。正気なのか狂気なのかを別にしても、奴の見ている世界は俺たちとは違い過ぎる。
「お前たちにはわからないだろう?ベリルと出会い、『お前は好きに暴れたらいい』と認められたとき、俺は悩みから解放された。メルトアと出会って、『君が思う様呪文を使って、生きて生きて生き抜いて、それで死ぬような輩のことなど、気に留めなくていい』と言われて、俺がどれだけ嬉しかったか…お前たちにわかるわけがない」
呪術王は昔を懐かしむかのように微笑みを浮かべた。ごく普通のヒトが浮かべるような表情と変わりはなかった。
カワキという男にとって、ベリルやメルトアといった人物は、ごく真っ当な親愛を向ける人物だったのだろう。ヒトとは違う世界が見える超人にとって、自分を理解してくれる存在がどれだけありがたいか、古い英雄譚を紐解けば想像に難くない。
だがその結果がこのような凶行、俺が受けたような蛮行ならば、黙って見逃す理由になどなりはしない。
「わかるわけがないし、アンタみたいなイカレ野郎の気持ちなんか、わかりたくもないわよ」
ポポムがすっぱり吐き捨てた。俺も同意見だ。この男は万難を排して倒さなければならない。
呪術王も無感情に返答した。
「そうだな、期待してない。二年前、お前たちにベリルを捕らえられ、メルトアが自爆し果てて…お前たちは正義の名の下に、あの秘密基地を淡々と壊した。あの日から俺はずっと――お前たちを地獄に引きずり落とす、その方法を考え続けたんだ。そして今日、その目処が立ったぞ」
呪術王は憎悪に満ちた目でポポムを睨む。瘴気が迸るかのような迫力は、魔力を介してびりびりとポポムと俺を圧する。
答えるポポムは、なおも淡々とした態度で呪術王を見据える。
「――『世界を滅ぼす魔法』。二年前のアジト強襲時、アンタがそんな魔法を研究してたらしいって聞いたけど、まさか本当だったとは…なら尚更、アンタは野放しにできないわね」
「できると思っているのか?神狼がいなければ何もできない木っ端女が」
「ええ。アンタの魔物と違って、よくできた子だから」
その時、どぉぉぉぉん…という、大樹が倒れるような音が響いた。
見ると、血だらけになった神狼ガイアがポポムの元へ帰ってきた。その背後には、首と胴体が泣き別れになった魔竜ネドラの骸が横たわっている。数メートルの巨躯を誇った竜は、高速で肉が腐敗するようにごぼごぼと泡立ちながら溶けていった。神狼の大金星である。
ガイアはフラフラとポポムへ歩み寄ったが、その間も呪術王を睨み続けている。かなりギリギリの戦いだったらしい。傷だらけのガイアをさりげなく労りながら、ポポムはきっと呪術王を睨む。
「――レベル設定を誤ったか?いや、その神狼、さっき『見た』ときよりレベルが上がっているな?本来の実力を抑えて、魔物生成レベルを誤らせるとは、味な真似をする」
対する呪術王は、魔竜ネドラが倒されたことにかなり驚いたようだが、余裕は崩していない。考えたくはないが、次の一手があるとでもいうのか。嫌な予感が走る。
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