夜一時。俺とポポムは、モンスター討伐隊ガタラ支部の詰所で身体を休めていた。
深夜だというのに、詰所の中では討伐隊員たちがあわただしく動いていた。郊外とはいえ、住宅村の中にいきなり魔物が出現して暴れまわったのだ。既に住民がパニックを起こした区画もあり、混乱を抑えたり現地調査を行うために、隊員たちが駆り出されているのである。深夜だというのにご苦労なことだ。立場上あんまり関わりたくないので、肩入れもしないけど。
もっとも、討伐隊が騒いでいる理由はそれだけではないらしい。言うまでもなく『呪術王』カワキのことだ。
「『虚ろの呪術王』が二年振りに動き出した――とあったら、そりゃ色めき立ちもするわよ。一般市民ならともかく、モンスター討伐隊や町長クラスの役職なら、呪術王カワキの危険性はよく理解しているからね。もちろん、私も」
と、ポポムは語る。
世界中の人々を攫い、自らの魔法実験の餌食とした悪辣なる賢者。世界中に精神崩壊や人格変容を促す麻薬をばらまき、社会的にも経済的にも表裏の区別なく大打撃を与えた稀代の怪人。
その怪人は、噂などではなく確かに実在した。表社会で治安維持を司る軍人や討伐隊たち、裏社会の経済動向を支配する大物たちにとって、『虚ろの呪術王』とは現実に影響力を持つ怪物として、厳重に警戒すべき対象なのだ。
「カワキは十年前くらい前から、違法な魔法実験を繰り返した罪で、世界警察から逮捕状を出されててね。二年前のアジト突入の際にも取り逃がして、ずーっと行方を調査してたのよ。それがここ数日になって、ガタラで目撃証言が入ってきて、戦力的に対抗できる私が飛ばされてきたってわけ。『マシラの舌』の案件はついでよ。人材不足ここに極まれりだわ」
ぼやくポポムは、詰所に来てからこっち、ずっとベットに横たわっている。呪術王と戦った疲労のせいだ。彼女は肉体的には戦っていないが、眼前の呪術王への警戒と、仲間である神狼ガイアへの細かな指示で、極限まで集中力を高めていた。住宅村こそ破壊されたが、モンスター討伐隊到着までうまく呪術王を抑えきり、人的被害をゼロにできたのは彼女の手柄である。
「なんというか、その…すまん」と、俺はうまい言葉が見つからずに謝った。何から何までポポムに世話になりっぱなしである。
ポポムはうざったそうに手を振った。
「いいわよ、これが私の仕事だから…ああ、腹立たしい。流石、神獣並みの古生物の一角たる『神狼』を雑魚呼ばわりするだけあるわ。禁呪を何個も何回も、景気よくぶっ放しやがって。その上、魔法の<拡張>なんて、あの人以外にできる奴なんか初めて見た。単純な魔力量だったら、私の数倍数十倍じゃ効かないわね…土地レベルでの換算の方が早いかも」
ぶつぶつとつぶやくポポムは、やがて俺に目を向けた。
「で、ジャック。アンタ、最後にカワキに向かってなんか啖呵切ってたけど。あれは本気?」
「おう」
即答した。そこに迷いはない。
「あいつ…呪術王ってのは、魔法実験でいろんな人々を攫った――って話だよな。その中に、俺が入ってる」
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