「ふん。続けて」
「ついさっき、あの野郎に頭をいじられたせいで思い出した――俺は二年とちょっと前、友人の頼みで借金の連帯保証人になった。その友人は事業の失敗で雲隠れ、借金の請求は俺の方に回ってきた。その借金の持ち主が、呪術王の系列店だったんだ。下男たちに捕まった俺は、カワキのところまで連行され――『数字の海』を埋め込まれた。その莫大な情報で脳を圧迫された俺は、植物状態になったんだ」
「――なるほど、想像はついたわよ。呪術王の被害者リストを探せば、多分アンタの名前が載ってんでしょう。
確かに、二年前のアジト突入の折、精神操作呪文のせいで植物状態になった人々が何十人も捕まっていた。アジト制圧後に彼らは保護されて、それぞれ治療を受けたけど、二年経った今も回復していない者もいる。医者からは『脳に埋め込まれた何かが消去できていないからだ』と聞いていたけど…それが、『数字の海』とやらか」
「そういうことだ。そして、そのことを忘れさせた奴がいる」
「――『借金取り』か」
ポポムは神妙にうなづいた。
そう。呪術王に捕まって植物状態となった――なんて話、俺はついさっきまで全く覚えていなかった。
・連帯保証人として多数の借金取りから逃げ回った。
・捕まって、件の彼女、『借金取り』のウェディに三億ゴールド返済を課せられた。
俺自身は、この二つの出来事は連続した事象だと思っていたが、本当は『数か月の開き』があったのだ。
1.(件の彼女ではない)借金取りに捕まった後
2.呪術王のせいで植物状態となり
3.呪術王のアジトから救出され
4.『数字の海』を取り出す治療を受け
5.なんやかんやあって、ウェディの借金取りから三億ゴールド返済を課せられた
というのが、本当の経緯である。
そして俺は都合よく、2~4の出来事を忘れていた。
ショッキングな出来事故、トラウマ的な何かで俺自ら記憶を封印していた――という可能性もないではないが…なんというか、俺という人間、そんな器用な真似ができる気がしない。昔話の勇者じゃないんだし。
そうなると、疑うべきは『精神操作呪文で、人為的に記憶を封印されていた』という線だろう。そういうことができる呪文であると、身をもって理解したばかりだ。
『呪術王』以外にそういうことができる奴といったら、心当たりは一人しかない。
「…まあ、動機がさっぱりわかんねえけど。あの人は何を考えているのか、全く…ああ、アイツは…!なんも話さないまま逝きやがって…!!」
俺は例の小包を握った。憎たらしい奴だったし、なんだったら死んでほしいとすら思ってたけど。
俺とアイツは敵同士だった。決着をつけるべき相手だった。
決着をつける前に、もっとわけのわからない奴とぶつかって、勝手に死ぬんじゃねえよ――!
ブルブルと肩を震わせる俺だったが。
「――――あっ。ちょ、ちょっと、それ貸して」
と、ポポムが突然ベッドから起きて、片耳入りの小包を奪い取った。
困惑する俺をわき目に、じっくりと切り落とされた耳を観察するポポム。やがて、彼女はその耳を、軽く指ではじいた。
ぼしゅううううん、という音が響き、振動がウェディの耳を震わせる。
『零の洗礼』という、対象にかかった魔力的効果をはぎ取る、賢者専用の秘技である。なんでレンジャーのポポムが賢者の技を使えるのか、その辺はまた今度語ろう。
洗礼を受けたウェディの片耳はブルブルと震えて、徐々にその形を変えていった。オレンジ色の皮膚はどちらかというと茶色く変色し、全体の形はより小ぶりに。片手で持ちやすそうなそのフォルムは、思わずかじりつきたくなるようなフォルムの肉の塊へ――って。
「て、て、て、手羽先だあぁーーーーーーーー!!?」
果たしてそこには、小包に鎮座ましますピッキーの手羽先の姿があった。
酒場で一皿二百ゴールドで売られているアレである。一口かじっただけで放置されたそれは、半分カビが生えていた。
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