やがてレンガ道が途切れた。俺とポポムの目の前には、大きなレンガ倉庫が建っていた。ポポムは何の躊躇もなく倉庫の扉を開けた。
だだっ広い倉庫の中はヒトでごった返していた。六種族がまんべんなく集まったそれらの人員は、物々しい雰囲気でせわしなく働いている。巻物の束を持って足早に移動するものがいれば、隅の方でテーブルを囲い、鋭い剣幕で会話している面々もいる。俺とポポムが倉庫を移動すると、幾人かはこちらを怪訝そうに観察してきた。ポポムは構わず歩き続ける。
倉庫の一番奥、ひときわ大きなテーブルまで来たポポムは、その脇にいたオーガの男性と相対した。
反対側の壁には、なぜか巨大な赤い像が置かれていた。あぐら姿の巨人をかたどったもので、テーブルの他にインテリアの類が存在しない倉庫では、その像は妙な異彩を放っている。
「おかえり、ポポム」
「ベレー、至急、各部隊の部隊長を呼んで。四人全員。あと、ジェ…仮面バスターも」
「オーケー。これ、インカム返すよ」
「ありがと」
端的な会話の後、ベレーと呼ばれたオーガは、右耳に付けているイヤーカフのような道具を押さえて、一人喋り出した。
「仮面バスター、ホレイス、ガリンガ、トヨホロ、ルーニー。以上五名、至急作戦会議室へ集合。ポポムから作戦指示を行う」
テキパキと喋るオーガを見て、俺はその見慣れない道具が通話機能を備えたものであることを察した。遠方の相手と道具を介して対話する技術自体は珍しくないが、最新版はゴツゴツした石じゃなくて、耳に付ける形式の機械道具なのか。ほー、と感心する俺の右耳をポポムが引っ張る。
「あんた、邪魔になるから端に寄ってなさい」
扱いがこの上なくぞんざい。しかし文句を言っても始まらないので、俺は大人しく従った。例の像の脇にすごすごと移動する。
やがて、テーブルの周りにヒトが集まった。人間、ウェディ、オーガ、エルフと…なぜか仮面を被った人物。まあ、多分人間。全員、冒険者特有のプレッシャーを放っている。高レベルの戦闘者であることは、なんとなく察せられた。
てっきり、この面子で作戦会議を始めるのかと思ったが、ポポムは一向に口を開かなかった。
怪訝に思った俺がポポムに声をかけようとすると、その矢先にポポムが一言告げた。
「フィンゴル、始めるわよ」
「■■」
突然、頭の上から声が響いた。「おう」、と言ったように聞こえたが、低音が過ぎて大地の方舟の汽笛のようだと思った。
びっくりした俺は、辺りを見回して声の主を探した。天井裏にヒトが隠れているのかと思ったが、それにしては声が近すぎる。キョロキョロと首を回すと、俺は例の巨大な像が『俺を見てきている』のに気付いてしまった。ふーーーっ、と鼻息をふかすそれは、遥か眼下にいる俺をじっと見ていた。
俺は不覚にも腰を抜かしてしまった。その様を見て、『像』はふっとため息を漏らした。口角がわずかに上がっている。どうも、苦笑したらしい。
何か作り物の像だと思っていたそれは、像などではなかった。極めて巨大なオーガだったのである。
巨人が応じたのを見て、ポポムが厳かに宣言する。
「これより、『虚ろの呪術王』カワキの捕縛作戦、最終確認を始めます」
***
・続き: https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7501340/