オールドレンドアを出立したのは、何も盗撮屋だけではない。この島に長年住みついていた悪党たちの多くも、対策チームの圧力を恐れて、次々とオールドレンドアを離れていた。地下街住みの連中のいくらかはまだ逃げていないようだが、戦争の気配も察せられない鈍い奴らのことを気にしてはいられない。
「三手(サンテ)の首尾はどう?奴のアジトは見つかったのか?」
「地下五メートルほどの位置に、扉のない壁で囲まれた部屋が『浮上』したということです。目算、中央広場と同程度の広さがあると。呪術王の根城の可能性が高いと見ています」
「ふん、たった二日前からとはいえ、やたら時間がかかったな。相手はそんなにやり手かい?天下の『おぼろ』らしくもない」
「呪術王某の手腕かわかりませんが、とにかく技術が桁違いです。まさか、小島とはいえ、いちから迷宮を建築するほどの魔術の使い手が現代に残っているとは思わなんだ。三十分置きに通路が入れ替わる難所故、下手をすれば三手でも地上へ戻れなくなる。おかげで調査が難航しました」
「…迷路を作るだけで済めばいいけどね」
「なんですと?」
「なんでもない。それより、三手をそろそろこっちに戻らせてくれ。地上に上ってきたということは、早晩呪術王が動く。下手に深追いさせるなよ」
「はっ、既に撤退させております」
「ならいい」
オーガの店主は、窓から外の曇り空を眺めた。
二年間雲隠れしていた呪術王がガタラに降臨した――という報告を受けたのが、二日前の深夜。同時に『彼女』の足跡も途絶えたという情報から、店主は久しく感じてなかった類の興奮を覚えた。早晩、歴史が動く――という直感である。彼はすぐさま部下――目の前のエルフの男『主零』(シュレイ)が率いる、ある部隊に呪術王の追跡を命じた。そして、ほんの二日間の調査を通じて、呪術王がオールドレンドアを根城にしているということを突き止めたのである。
しかし、呪術王対策チームまで陣取っているのは予想外だった。鈍重な公権力らしくない、迅速な動きである。あるいは、追跡に二日かかった『おぼろ』の調査力が、個人商店で持てる能力の限界なのかもしれない。
まったく、ポポムめ。無能な前任を追い出して辣腕をふるっていると考えたら、この上なく憎たらしい――などと、益体のない思考を巡らせていると。はたと、一枚の写真が目に留まった。
「――…ぅゎ」オーガは思わず顔に手を当てて、天を仰ぎ見た。
「…いかがなさいましたか」主零が怪訝な表情を浮かべる。
「――ちょっっっっっっっと、マジか~~~……『こいつ』とポポムがデキてるって噂、信じちゃうぞこれは」
「???」
店主は主零に、一枚の写真を手渡した。確認した主零は、一瞬ぎょっとした。
「こ、この男はっ………!」
写真には、通常のオーガの倍ほどの身長を持つ巨人が、レンガ造りの倉庫に入っていく様子が映っていた。
「――フィンゴルだ。ポポムのやつ、『呪術王』に現代最強クラスの戦士をぶつける気だ。そこまでやるか、あの女!」
オーガは我も忘れて激高した。
巨人の名は、フィンゴル。伝説の怪物『災厄の王』を退けた、『時の王者』の一角である。
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