――〇月×日 土曜日 朝十一時五十五分。
オールドレンドア島、地下数十メートル地点。レンガ造りの球体の壁に囲まれたその場所は、ゴウンゴウンと唸りを上げて駆動する、得体の知れない機械で埋め尽くされていた。さながら巨大な鉄の弾丸のようである。『そこ』こそ、ポポムたち呪術王対策チーム、及び裏クエスト屋店主たちが突き止めた、呪術王のアジトであった。
呪術王カワキ――かつて乾という名だった青年は、椅子に座って正面を睨みつけている。
視線の先には、もう一脚鉄製の椅子が置かれていた。椅子に座っている人物は、女。後ろ手を縛り付けられ、顔面も身体もくまなく殴りつけられた結果、顔は大きく腫れ上がっていた。切り落とされて何もなくなった左耳には、冷えて固まった血がこびりついている。
用心棒が『借金取り』と呼んだウェディの女である。
呪術王と借金取りの周りには、アジトを埋め尽くすように魔物が立ち並んでいる。レッドオーガ、ブルファング、ネクロバルサといった剛力を誇る種類ばかりである。狂暴で知られる魔物たちは、今はただ静かに佇んでいる。主である呪術王の号令があれば、すぐさま女への暴行を再開するだろう。
「――メルトアはいい女だった。学がなくて、癇癪持ちで、自分の思い通りにいかないことがあれば、すぐに機嫌を悪くして暴れた。男に酷い目に遭わされたんだとかで、頭の悪い男から金を巻き上げるのが趣味の奴だった。およそ善性からはほど遠い、下劣な女だった。そんな奴が、俺を逃がすために自爆したんだよ。愛なんて陳腐なものがなきゃ、あんな真似ができるわけがない…」
呪術王が立ち上がって、借金取りの目の前に立った。持っていたひのきの棒で、借金取りを激しく叩いた。
「お前のような優秀な魔法使いが、ぼろ切れを着て成りすませるような女じゃないんだよ――なんなんだ、お前。見目ばっかり、完璧にメルトアを真似しやがって…!!!」
ゴッ、ゴッと、呪術王が借金取りを殴る鈍い音が響く。
二日前、立体魔法陣の欠片を持つ男の行方を追っていた夜、ガタラにおいてこの女と遭遇した。
遠目に見ただけで、ただの通りすがりの女ではないということがわかった――よりにもよって、自身の愛人だったメルトアと瓜二つの顔をしていたのである。 だが、似ているのは見目だけだった。冒険者や軍人といった戦い慣れした所作は、立って歩くだけでにじみ出るものである。詐欺だけで生きてきたメルトアでは、あのような覇気が出せるはずがない。誰かが、自分(呪術王)を誘い出すためにメルトアに成りすましているのだと直感した。
呪術王は、自分でも説明できないような激情にかられた――そして物陰から女に近づき、不意を打って女を拘束し、左耳を切り落とした。正体の知れぬ女だが、自分を陥れるために恋人の姿を模した行為そのものが、呪術王にとっては万死に値する愚行だった。
「――薄っぺらい世界が滅ぶさまを見たい。全てが消えゆく音を聞きたい。ああ、そうだ。確かにそう願った。この世界から見たら、退治されて当然の魔物なんだろうさ、俺は。だからって、こんな…こんな仕打ちがあってたまるか…!!!俺の大事なもののなにもかもに、泥を塗りたくりやがって…!!!」
目的のない拷問を始めて、もう何時間も経っていた。女の叫び声は、数時間前に止まった。
打ちつけすぎてすり減ったひのきの棒が、折れた。自分自身の精神がすり減っているのを自覚した呪術王は、ようやく手を止めた。ぜーっ、ぜーっと、荒い息を上げる呪術王の目は虚ろだった。
ピーーーッと、汽笛のような音がアジトに響く。ブシューッという音と共に、周囲の機械の駆動が止まった。
呪術王は、甲高い音で我に返ると、アジトにある蒸気スパコンが、全ての出力工程を終えたことを悟った。
即ち、『世界を滅ぼす化け物』の完成である。
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