その次に脅威となったのは、呪術王配下(と思われる)魔物の襲撃だった。
レンガの大氾濫は魔物たちにも大打撃を与えたようで、レンガに押し流される魔物の群れを遠目にいくつか見た。この混乱した状況の中、対策チームを襲撃してこれたのは、キメラなどの飛行する魔物、または暴れるレンガをものともせずに突撃してくる、ネクロバルサのような屈強な魔物だった。
ただでもレンガに翻弄される中、対策チームを魔物が襲う。これは何の語弊もなく死地であった。足場の安定しないレンガ上での戦いは死を意味するため、土の地面で布陣を行って魔物を迎え撃ち、撃破の後移動。これをひたすら繰り返す。対策チームの部隊員は、体力も精神もごりごりと削られていった。
俺は仮面バスターの指示の元、行軍する対策チームの周りを哨戒し、魔物を発見したら仮面バスターへ報告。適当に魔物を切りつけて、対策チームが布陣する時間を稼ぐ。ちょっと余裕ができたら聖水を対策チームに配り、自分も休憩。一、二分休んだら再び哨戒…ぶっちゃけキツくてキツくて、自分が細かく何をやってたか覚えていない。自分でもなんで生き残れたのか不思議なほどだ。多分、気付かないうちに仮面バスターが色々フォローしてくれたんだろう。
対策チーム前線部隊が決死の行軍をしていた頃、作戦本部も同様に窮地に立たされていた。
そもそも、作戦本部は『レンガ造り』の倉庫に居を構えていた。恐ろしいことに、作戦本部の面々は四方八方を、あの動き回るレンガに包囲されていたのである。前線部隊がレンガの氾濫に遭遇したのと時同じくして、作戦本部は倒壊するレンガの下敷きになりかけた。
この際、ポポムとベレー、フィンゴルの尽力により、レンガを吹き飛ばして素早く移動、同じく倉庫の近くにあった芝生へ避難した。以後、前線部隊の移動ルート指示はこの芝生から行っていた。前線部隊が指揮系統を失わず行動できたのも、作戦本部がこの混乱の中機能してくれたからに他ならない。本当に頭が下がる。
レンガの海で奮闘すること、約二十分後。ようやく、前線部隊と作戦本部が合流した。
ここまでの対策チームの負傷者は多数。死者は、ゼロ。レンガの氾濫という想定外の事態に遭いながら、これだけの被害で済んだのは奇跡に近い。
緊張が続いた中、皆胸をなでおろしたが、まだ安心は到底できない。依然としてレンガの氾濫は続いているのである。部隊の再編成の後、沿岸部への移動を再開する手筈だった。
俺はというと、地面に尻をつけてぜーっ、ぜーっと荒い息を上げていた。かつてない修羅場に晒されて、気力体力ともに尽きかけていたものの、事態は未だ終息を見ない。既にくじけかけている意気地を奮い立たせ、わずかな休憩から立ち上がった。その矢先のことである。
ふわっ、と。急激な浮遊感が腰辺りから発生する。
その、あまりに自然に湧きあがった感覚に気が付き、「ん?あれ?」と間の抜けた声を出した頃には、遥か上空に打ち上げられていた。
眼下に対策チームの部隊員たちが見えるが、助けを求める暇もない。何かを叫ぶ仮面バスターの姿がどんどん離れていく。
急展開にあっけに取られている間に、俺はレンガの波間をぴょんぴょんと跳ねていく。いや、跳ねているのは俺じゃない。腰に腕を巻きつけた何者かだ。
やがて、その跳躍行は終わった。レンガの海を降りてしばらく進むと、目の前に本物の海と砂浜が広がった。すぐそばには木製のコテージが立っている。
ざっざっと、俺を抱えて進む何者かは、コテージの前まで移動すると、よっこいしょと俺を砂浜に横たえた。このとき初めて、後ろ手がロープで縛られていることに気付いた。
そして目の前には、見覚えのある男が居た。
コテージの階段に腰を据えたオーガの男は、使い古したテンガロンハットを被っている。俺を一瞥したその男は、「ふんっ」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
時刻、十二時三十五分。
あまりに鮮やかな手際とともに、俺は裏クエスト屋店主とその一味にさらわれた。
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