『おぼろ忍群』。それが店主の部下たちの名前だった。
はるか古代のエルトナ大陸にあった王国『ヤマカミヌ』に仕え、敵国に忍び込んでの諜報活動や、要人の誘拐、暗殺、拷問などの汚れ仕事を行ったとされる凄腕の忍者たち――その子孫を自称する集団だ。
紆余曲折あって裏クエスト屋の傘下に入った今も、その手腕を遺憾なく発揮し、店主のほの暗い活動に一役買っているわけだ。
「まあ、ヤマカミヌ云々は眉唾物さ――実話だとすれば、六千年前の大絶滅を生き延び、その忍術秘術を脈々と受け継いできたってことになるが、にわかには信じ難い。キリカ修道院だとかに死蔵された文献でも調べなきゃ、本当のところはわからない。『おぼろ』と学者先生が面と向き合ったらどういう話をするのか、昔から気になってるんだよねぇ」
部下をさらりと小馬鹿にして、店主はハッハッハ、と笑った。対する部下たちは素知らぬふりをして聞き流している。この程度の軽口は日常茶飯事なのだろう。
「ま、そこはどうでもいい…使える奴なら、素性なんかどうでもいいんだ、僕は。
君の背中に乗ってる彼――『雷速』主零は、職業レベル測定試験こそ受けちゃいないが、同じ基準の模擬テストでレベル八十相当の記録を出してる。短距離走をさせたら、彼に勝てる奴は世界のどこにもいない。他の面子はピンからキリまでってところだが、少なくともやくざの用心棒じゃあ太刀打ちできない子ばかりだ。自慢の部下だよ、高い金を出した甲斐があった」
俺はちらりと、背中に乗っているエルフをちらりと見た。寡黙そうな外見を裏切らず、彼は沈黙を貫き通していた。覆面越しではあるが、目元のしわから壮年に差し掛かっていることは察せられた。
白い忍者装束の彼に、妙な既視感を覚えた。
…腹立たしい事実に気付いてしまったのだが、その追及は後回しにする。ここは一旦、店主の長話に付き合うことにしよう。
「――何の話をしてるかというと、だ。仮称『メルトア』は、この部下たちより強いんだ」
こめかみにうっすらと血管を浮かべながら、店主はぎりり、と拳を握りしめた。
「二年前――あのウェディの女は僕の店にふらりとやってきて、僕の自慢の部下たちを制圧したんだ。天下の『おぼろ』たちがなすすべもなく倒されて、僕自身も床に押し倒された。無様なことに、ナイフをのど元に突き付けられるまで、何が起こったのかすらわからなかったよ…
殺されるかと思ったそのとき、奴はこんなことを言ったんだ――」
――近々、ジャックという少年がこの店を訪れる。大きな借金を抱えている――という設定で、わたしがそそのかした。
お前は、いつも通りに裏クエストを彼に紹介せよ。ただし、命の危険を伴うクエストは紹介するな。それと、表社会に戻れなくなるような汚いクエストもやらせるな。
金の中抜きは好きにしていいが、もしも彼自身の命が危ういクエストをさせたときは、改めて、このナイフで喉を刺し抜いてやろう――
「ゆめゆめ忘れるな――とだけ言って、奴はそれっきり姿を消したよ」
ぶるっと、身震いをする店主に、普段のような芝居がかった調子は見られなかった。
本気で怖かったのだ。あの慇懃無礼で知略に長けた店主が、ここまで恐怖をあらわにするなど、今まで見たことがない。
「その後、君は本当に裏クエスト屋を訪れた。正直、頭が痛かったよ。得体の知れない新人なんか放り出してしまいたかったが、あの異常な女の指金と思うと軽々に扱えない。仕方なく、右も左もわからない君の面倒を見てあげたんだ。奴の脅しがなければ、柄にもなくひよっこの教育係なんて務めなかったさ」
店主は、それまで腰かけていた階段から立ち上がると、こちらに近づいて俺の頭をぺしぺし叩いた。いらっとしたが無視する。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7566762/