「――おい、おっさん。あんたの目的はわかったけど、それと俺に何の関係があるんだよ。結局、俺を人質にする意味がわからん」
「え~?わかんないってことある?」
ここまで滔々と講釈を垂れてきた店主が、唐突に言い渋った。実に楽しげに、俺を馬鹿にしたような目線をよこす。
店主に茶番に付き合う気など起きるはずもなく、俺はぶっきらぼうに返答する。
「わからん。もっとわかるように話せよ」
「ほんとにぃ?僕に言わすようなことかよ、それ?」
「だから、何だよ!?メルトアは、ただ俺を利用しようとしていただけだ!!俺を人質にしたところで、あの女が何を気にするってんだよ!?」
「いや、いや、いや。野暮なことを言わせるなよ。あの女が君に肩入れする理由なんて明白だ」
「何!?」
「コレだよ、コレ」
店主は芝居がかった所作で右手を上げ、とあるハンドサインを作る。
グーの形から、親指と人差し指を第一関節でくっつけて、俺の目の前に突き出した。
若者の間では、ハートの印で通っているそれ。
「―――――――」
その意味を察し、俺は絶句した。
「メルトアが君を関わらせる必然性が、どこにもないんだよ」
俺の表情を心底面白がりながら、店主が続ける。
「『数字の海』って言ったっけ?君が頭に埋め込まれていたっていう、魔法的な何か。呪術王が執着する何か。これはとある場所から盗み出された『呪文の設計図』、その一部なんだよ。コンピュータっていう機械に噛ませて利用するために、魔法陣から数列に変換させたもの。これが呪術王の企みの核心部分なんだ。
呪術王が作ったコンピュータは、当初はヒトで言う脳――モノを記憶する役割を担う機構がなかった。コンピュータの完成を待たずに『呪文の設計図』を盗み出した後、呪術王はその保管場所に困った。元々は非常に広大な土地に描いた魔法陣で、数列に変換した時点でとんでもない長さを誇るそれは、一人や二人の頭で抱えきれるものではない。コンピュータに設計図を保管させる機構ができるまでの間、その呪文の設計図をヒトの頭に一時的に保管する必要があった。その保管先に選ばれたのが、君や、君と一緒に誘拐された人々だ。
『数字の海』は、何十人もの実験体の頭に刻み込まれたけど…設計図全体を保管するのに必要だったのは、実際は五人だけだったらしい。他の人員は、ただただ嫌がらせのためだけに『数字の海』を埋め込まれた。結果、大量の『海』のダブりができたんだ。
二年前の世界警察の突入作戦によって、『呪文の設計図』の原本を失った呪術王は、君たちに埋め込まれた『数字の海』を回収する必要が出てきた。これが、君と呪術王の因縁の正体だよ」
「だったら、それが理由だろう!?俺を使って呪術王をおびき寄せるために、メルトアが俺に近づいたってことじゃ…」
「いーや、違う。呪術王をおびき出すなら、あの女が『呪術王の愛人メルトア』に成りすました時点で十分なんだよ。それ以上囮役を増やすのは蛇足だ。
それに、『数字の海』を持っているのは君だけじゃないんだ。かつて『海』を刻み込んだ者のうち、呪術王が狙うのはたった五人だけでいい。そんな中、君を囮に選ぶ絶対的な理由がないんだよ」
「俺は昨日、呪術王に襲われたぞ!?」
「へえ?そりゃご愁傷様。数十人分の五の確率を引くとは、君もなかなか運がいい…いや、悪いのか?
けど、だったら尚更怪しいな。君と『借金取りのメルトア』がガタラに滞在していて、さらに呪術王も集まってたんなら…呪術王の目当ては『借金取りのメルトア』の方だったんじゃない?メルトアを捕らえた後、ついでに見つけた君から『数字の海』を没収した――っていうんなら、君が襲われたのも説明が付くね。つまり、メルトアが意図的に、君を呪術王との戦いに巻き込んだんだ」
「なっ………!?」
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