そう言う化け狸――ポッタルは、懐(素肌に見せかけたパンツ)から一枚の羊皮紙を取り出す。
その羊皮紙を自分の目の前で開き、内容を確認したポッタルは、朗々と語り出す。
「え~、なになに…タイトル、『クエスト・いやしの雪中花の採取に関する委託契約書』。委託者、トラム・ベルウッド」
その内容を聞いて、店主がくわっと目を見開いた。そして忌々しそうに、ポッタルを睨み直す。
「……ガタラの店舗から、わざわざ盗んできたのか。あのクエスト依頼書の『元ネタ』を」
今度こそ、俺は腰を抜かすほど驚いた。恐らくは俺が見た依頼書の元になった、ベルウッドの意志をより明確に示した契約書。三億ゴールドの報酬金を明示し、クエスト関係者への配分を細かく決めた書類。
それを化け狸は、裏クエスト屋の店舗から盗んできたと言っている。店主の部下たちが見張っていたはずなのに、どうやって?
「まぁね。こいつに恩が売れそうだったんで、つい」
化け狸は俺に軽く目配せする。いつか俺と交渉するなり何なりするため、危険を犯して盗んできたということか。
一発逆転の目を提供してくれた恩人だというのに、俺は「性格悪いなこの狸…」と密かに嘆息する。
「盗んだタイミングは…『雇われ傭兵の陽動』を遂行していたときか。よくもまあ、おぼろの監視をすり抜けて…」
店主はぎろりと、俺の背中に乗る主零を睨みつけた。
当の主零は全く反応がない。狼狽しているのか達観しているのか、自分の部隊の失態を正面から受け止めている。こいつはこいつで、何を考えているかわからん。
「いやいや、主零殿たちに非はない。全ては俺様が超!!一流である故。俺様の顔に免じて、折檻は容赦していただきたい。今は別の話をさせていただく」
化け狸は忍者たちをヘラヘラと擁護する。自分の腕前を恥ずかしげもなくアピールするあたりが憎らしい。
話題を引き戻した化け狸は、契約書の続きを読み始める。
「さて、グラサン君と裏クエストのおやっさんが揉めてるのは、この『いやしの雪中花の採取』というクエスト、その報酬額について。そういう話だよな?
このクエスト委託契約書には、裏クエスト屋とクエスト実行者を含む、全てのクエスト関係者への報酬について取り決めた内容が記されている。この内容がグラサン君にも共有されてたら、ここまで揉めることはなかった…ってことだな。意地悪だねえ、おやっさん。その悩み、今この場でぶった切って進ぜよう」
化け狸はもったいぶった言い回しで場を焦らす。店主の憎々しげな視線も意に介していないが、俺の胃が保たないから早く核心を言ってくれ。
訴えげな俺の視線を感じた訳ではないだろうが、化け狸は思ったより早く、さらっと結論を言った。
「この契約書によると、まず裏クエスト屋――店主のおやっさんと、部下の主零さんたちを一括りにして、報酬額に二億ゴールド。
そしてクエスト実行者、この場合はグラサン君に対し、報酬額『一億ゴールド』を払う、とある。締めて三億ゴールドなり」
そこまで言って、化け狸は契約書をくるくると巻いて、再び懐にしまい、俺にウインクをよこした。後はお前の仕事だぜ、と言うように。
この戦場から帰ったら、化け狸に何かお礼をせねばならぬ。
「――おっさん、俺は人質にはならない」
化け狸が用意してくれた砲弾を、俺は大砲に詰める。その照準を、オーガの店主に向ける。
厳しい表情を向けてくる店主に対し、容赦なく発砲する。
「俺には、一億ゴールドという報酬額が提示されていない。これは、クエスト『いやしの雪中花の採取』の契約不履行である。こういう行為を行う裏クエスト屋を信用することはできない。借金取りのメルトアに対する人質をせよ、という指示には、従わない。
俺の要求を言うぞ。俺に人質になってほしいなら、俺に支払われるべきだった一億ゴールドを払うと、この場で誓え。一億ゴールドが支払れない限り、俺はこの件に関して、裏クエスト屋には協力しない。できないなら――メルトアから手を引け」
一億ゴールド。恐らくは、部下の忍者たちの装備品の総額に匹敵する大金。店主にとっても、決して無視できる金額ではない。
メルトアに手を出すなら、払うべきものを払え。できなきゃ、メルトアに喧嘩を売らず、大人しく帰れ。これは、そういう交渉だ。
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