弾丸が着弾した店主は、ぎりぃっ…と口を縛った。店主らしからぬ露骨な狼狽。顔が怒りと屈辱に染まった後、ふーーーーっと長いため息をつき、俺に向き直った。
「……お見事」
あの店主が、俺に負けを認めた。自分で仕掛けたことだが、俺は店主の言葉に驚き、まじまじとその顔を見つめた。
「おぼろの忍者たちの装備からこちらの懐事情を推測し、交渉の焦点を的確に設定したこと。クエストの契約不履行というこちらの弱みを握り、交渉材料となる資金を確保したこと。ポッタル君の援護があったとはいえ、この短時間でよくぞ、この戦術を導き出したものだ。これは、君を甘く見た僕の手落ちだな…
――が、君。これで勝ったと思うのは早いよ。今の状況は理解してる?」
店主は右手をさっと上げた。
――その瞬間、ざっ、と。俺の首筋を撫でて、地面に刺さったものが一本。
背中に乗る主零が、青白く光る短刀を俺の首にピッタリと当てていた。股間の宝刀が縮み上がる。鋭利な金属の怜悧な質感が敏感な首筋に吸いついてきてアヤヤヤヤヤヤヤ!!
肉薄する刃に震え上がる俺を尻目に、店主が暗い目つきでこちらを見下ろしてくる。
「君の生殺与奪は、始めから一貫してこちらが握っている。ここまで来てちゃぶ台返しをするのは、はっきり言って恥の上塗りだがね。こちらにも譲れないものがある。
ここまでのことは聞かなかったことにして、君をこのまま再起不能にすればいいだけのこと。僕の計画には何の支障もない」
この男、信じがたいことに、俺の奮闘をご破算にする暴挙に出た。理を説いて諭せば、いかに店主だろうと折れてくれるはずと思っていた俺は心底仰天する。
正気か、このおっさん。このままメルトアに勝負を挑めば、結構な確率で経済的に手痛いしっぺ返しを喰らうと、自分で言ったくせに。たかだかリベンジのためにそこまでするか!!
なにか、なにかこの状況を覆すものはないか。必死になって周囲を見渡す。
化け狸はどうした。あ、あいつも忍者に包囲されて両手を上げてる。早々に降参しやがったか。もうダメだ…と思っていると、化け狸が必死に目配せしていることに気付いた。
その視線の先は、コテージの入り口を示していた。
俺はその意味を素早く考えた。もしや、まだコテージ内に誰かいるのか?奴が俺に目配せするということは、その相手は俺の知り合いであろう。化け狸と共通の知り合いといったら、あの男しかいない。
…おい、なんでそんな奴までこの島にいるんだ。何より先に浮かんだ感想を抑えて、俺は再びちゃぶ台返しを仕掛ける。
コテージに向かって叫んだ。
「俺が死んだら、こいつら女(メルトア)を殺しにいくぞ!!さっさと助けろ、『磯野郎』!!!」
その瞬間、バァァァンッ!と、コテージのドアが勢いよく吹っ飛び、俺の遥か後方の砂浜に突き刺さった。そして、コテージの内側から猛然と飛び出した影はあっという間に店主の背後に降り立ち、店主の首筋をガシッと掴んだ。ぐぇっ、と情けない声を出した店主をそのまま片手で吊り上げる。
オーガの中では小柄とはいえ、店主の長身を持ち上げる怪力と上背。それこそオーガじみている所業を成したそいつは、実際はウェディの男である。
なぜか包帯を巻き付け、めきめきと筋肉をいからせるそいつは、本当に意味不明なことに『怪盗』を自称している。『白雷の怪傑』と名乗るその男の泥臭さを敏感に感じ取った俺は、本人が微塵も喜ばない汗臭い愛称を付けることにした。
そいつと出会えば、とつげきうおすらビビッて進路を直角に曲げる。武名を馳せるウェディの勇魚(いさな)、若魚たちの最終兵器(リーサルウェポン)。
俺は彼を『怪盗もどき』、または『磯野郎』と呼んだ。
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