転生者、そう言ったのか。異世界から来たという呪術王の言を信じた者はほとんどいない。ベリルやメルトアですら真剣に取り合わなかった。
だというのに、この影は、呪術王が転生者であると信じている。それこそが、呪術王を殺す理由であると。
『たまにあるんだ。女神のいたずらなのか、邪神の悪意なのか。アストルティアでも魔界でもない、どこか遠くで死んだ者が、こちらで蘇るという奇跡が。
君が口にした日本、という呼称も、君以前の転生者が口にしていた国の名前と同じだ。三十年前にも、百年前にも、日本から来たと言った者がいた』
「お、俺以外にいたのか、『日本人』が!!?そいつらはどうなった!!?」
『死んだよ。私が殺した』
無味乾燥とした『文字』が、呪術王に叩きつけられる。同胞がいたという望外の希望が、一瞬で刈り取られた。
『全ての転生者がそうなるわけではないが――彼らの一部は、奇跡のような天与の才とともに、破滅的な思想を持ってこの世に現れる。
奇跡の代償なのか、一度死んだという記憶が彼らを苦しめるのか――詳しいことはわからないが、彼らは狂う。狂って、アストルティアを滅ぼそうとする。そうなった転生者を殺すのが、私の役回りだ』
「――は、ははは。そうか!俺が狂っているからか!!だから俺を殺すんだな!!?」
極限の緊張感と恐怖から、ひきつった笑いがこみ上げる。
「やはりそうか!!俺のような化け物を殺すのが、お前の役目か!!なんてことはない、俺の存在が脅威だから、排除しようっていうだけだ!!
そんなに俺が怖いか、アァ!!?異物ひとつ受け入れられないのか、この世界は!!?」
『――君は、自分が怖いものだと思っているのか?』
「…は?」
呪術王の沸騰した頭に、冷気をまとったような、淡々とした『文字』が差し込まれる。
『君は言葉を喋る。ヒトとしての知性があり、魔物というには獣臭さが足りない。
君は日本から来た。出所のはっきりしたものは、ゴーストほどの不確実さもない。
君は血を流す。不死身の怪物ならは、血を流すはずがない。
ヒトを殺せたからといって、それが化け物である証明とは言えない。君は単に、ナイフを振り回して遊んでいる、異常者だ。
その程度のもの、私は怖くない。ただ、迷惑なだけだ』
「……」
『化け物とは、私のようなものをいう』
影は、竜の如き金の瞳孔で呪術王を射竦めた。
その言葉は極寒の吹雪のようで、人間味を感じられない。
どこから来た何者なのかわからない。
なにもかもを影で覆い隠し、赤い血が流れているのかも怪しい。
呪術王は絶句して、目の前の影に釘付けになった。自分などよりも『怪物』と呼ぶに相応しい、何かを。
裏社会において、希代の怪人と恐れられ。同胞のいない世界で奇異の視線に晒され。わずかに得た愛と信頼を失い。
『最強の呪文使い』という自負を粉々にされ。最終的に残っていた、『怪物』としての自覚すら、否定された。
今、アジトに残っている生物は、呪術王と影の如き女だけだ。呪術王の魔物たち数百体は、このわずかな時間で全滅していた。兵器の類も、ほとんどが瓦礫と化した。
呪術王に残された武器は、その命しかない――今のところは。
コッ、コッ、と、影がゆっくりと呪術王に近づいた。
呪術王が影を遠ざけるように、腕を伸ばそうとしたが、フッと姿を消したと思った次の瞬間には、影はもう目の前にいた。そのまま抵抗もできず、呪術王は影に首を掴まれた。
バチバチバチッと、呪文の防壁が首を必死に守る。影の手のひらは、防壁による反発を意にも介さず、ただ機械的に呪術王の首を締め上げた。
防壁が徐々にすり減っていくとともに、絶望が呪術王の脳内を支配していく。
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