『私があと少し、この指にチカラを込めれば、君は死ぬ』
先ほどまでの冷淡さと何も変わらないまま、影は呪術王を殺そうとしている。ギリギリと、呪術王の首を通る空気が細くなっていく。
『――もし君が、化け物たらんと欲するなら、私を殺すしか道はない』
「……か、ふっ」
『切り札を引かず、臆病な異常者のまま死にたいなら、好きにするがいい』
――臆病な。異常者。自分の異常性に酔っただけの、まぬけな男。
影のその言葉で、呪術王の最後の怒りに、火が付いた。
こんな、惨めな死に方だけは、絶対に認めない――!!
「……ん、ふ、おお、オオオォォォォォォアアアアアアアア!!!!」
呪術王は、後ろ手に触れていた魔導機械に、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。
魔力は機械に組み込まれた回路を迅速に駆け抜け、中央の台座――その中に安置されたものに注ぎ込まれた。
バクンッ、と。魔道機械が激しく振動した。
その振動は、呪術王と影の身体を震わせた。異常を察した影は、呪術王の首に当てた手を放し、装置から素早く離れた。
台座から、魔力を注がれた何かががひとりでに飛び出した。
形はニワトリの卵に似ている。表面が激しく波打った鉄の殻、人頭大のボールのようなそれに、尋常ではない量の魔力が集まっている。
『卵』は呪術王の背後を守るようにふわふわと浮きながら、ぞわぞわぞわ…と不気味な音を立てた。
呪術王は、世界にぶつけるはずだった憤怒の矛先を、目の前の影に向けなおした。
アストルティアを塗りつぶす、とか。この世界の生き物どもを皆殺しにするとか。余計なことは、もう考えない。
この正体不明の怪物を殺すために、全霊を尽くす。
「六百万の魔物の呪い。全部、お前にぶつけてやる。世界を壊すのは、その後だ。
俺が臆病者だと、こいつと戦ってもう一度のたまえるなら、やってみるがいい、怪物!!」
影に対して宣戦布告した呪術王は、大きく息を吸い、十年間抱え続けた怒りを込めて、呪術王は咆えた。
「『起きろ』!!!」
その号令をもって、『卵』は全速で変形し始めた。黒々とした肉が、『卵』の周りから吹き出し、ぞわりぞわりと巨大化していった。
「――『世界を滅ぼす魔法』。いいね、最高だ」
『卵』の変形を眺めながら、影はつぶやいた。それは『文字』ではない、喉から出る声だった。
この世のものとは思えない、莫大な魔力が嵐のように吹き荒れるのを感じながら、影は笑った。
「我、あやかしの大矛なり――私を殺してみせろ、呪術王!!!」
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