驚くべきことに、怪盗もどきは呪術王探索に進んで協力を申し出た。
怪盗もどきも、化け狸と同様裏クエスト屋からは見捨てられた。だから俺の道行きについていくしかないのだが、正直俺は不安だった。
化け狸がつきっきりで回復呪文をかけて、今はどうにか自力で移動できる程度には元気になったが、とても戦闘に耐えるコンディションではない。
そもそも、店主との交渉に乱入したのも大分危ないところだったのだ。腐れ縁とはいえど、傷だらけの知人を戦地に同行させて、万が一死なれては寝覚めが悪い。
そのため、対策チームに保護してもらうよう勧めたのだが、まるで聞く気を持たなかった。
「いい。付いてく。どこの誰だろうと、女性の危機は見過ごせない。なにより…この島の惨状が呪術王ってやつのせいなら、そいつを殴らないと気が済まない」
「バカ!今のお前が付いてきたって足手まといなんだよ!大人しく寝ておけ!!」
「…ここに住んでた前の恋人が、見つからないんだ。多分、もう…」
彼はぽつりと言ったきり、押し黙ってしまった。
俺もそんなことを聞かされてしまっては断りようがない。「こいつの面倒は俺様が見る」という化け狸の擁護もあった。自分の身は自分で守ること…という口約束をするのが精一杯だった。
そういうわけで、怪盗もどきと化け狸は俺のパーティメンバーとなった。
正確には主零も同行しているのだが、これは頭数には入れない。彼はつかず離れずの距離でこちらを観察するのみで、手伝う気は全くないようだ。手出し無用という契約なのだから当然だけど。
諸々の相談事が終わり、さあ解散解散、行動開始だ――と言おうとした矢先のこと、『それ』は起こった。
そのとき、大気が震えた。
裏クエスト屋の面々。呪術王対策チームのメンバーたち。魔力を持つものの全て。呪文使いとしては世界最低ランクのドベである俺ですら、感じた。
島にいる全員が直感した――なにか、致命的にヤバイものが、動き出した。
そして、その場にいた全員によぎった直感とは別に、起こった変化がもうひとつある。
俺たちは一様に、オールドレンドア島の中心部を見上げた。
レンガの氾濫が、収まっている。つい数分前まで粉塵が吹き荒れる地獄絵図が、いつの間にか静かになっていた。
それどころか、レンガの群れは地面からせり出すように、ごとごとと陣形を変えていった。まるで兵隊の行進のように統率された動きは、明らかに先刻までの暴走とは違う。
ごりごりごりと、少しずつその形を変えていくレンガの群れを見つめながら、俺たちはなんとなく…『そういう結果』を想起した。
「――おいおい。流石にメルトアのやつがしくじるってのは想定外だぞ…」
ぼそりとオーガの店主がつぶやいた。
言葉短かながら、言わんとすることはわかった。わかってしまうのが不思議だった。
嫌な予感が背筋を撫でるのを感じながら、俺はパーティメンバーに簡潔に言った。
手をこまねいている間に、あの動き出したレンガが要塞かなにかを建築してしまったら、呪術王に手出しすることが叶わなくなる。あれこれ考える前に、今は動かなければ。
「…磯野郎、狸。いくぞ」
化け狸はこくり、と無言でうなずいた。怪盗もどきは息も絶え絶えという感じで立ち上がった。
砂浜側では、頭目が抜けたおぼろの忍者たちが、素早い動きで荷物を運び出して撤退の準備を始めていた。心なしか、その手つきは焦っているように見えた。
「――ジャック君」
店主が俺に話しかけた。
「死ななければ、大したものだと褒めてあげるよ」
この上なく不吉な激励を抜かしやがった。負け惜しみも混ざっているのだろうか。
俺はキッと店主を睨んだ。尻まくる気ならとっとと帰れ、守銭奴。
フンッと店主が鼻を鳴らすと、砂浜に向かって歩き出した。
決して、もう一度会いたいわけではないけど。あの男の顔をもう一度見る日を、果たして無事に迎えられるんだろうか。
俺はその行き先を一瞥だけして、見送ることもなく走り出した。レンガうごめく広場へと。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7616226/