「…三百万の命を消費して、ようやくか」
ふいに、男の声が聞こえた。巨大なドラゴンの脇から、見覚えのある緑の髪の男が姿を現した。
忘れもしない、虚ろの呪術王カワキである。ふーーっ、と荒い息を吐き、玉のような汗を流している。
俺の首筋が総毛立った。すぐさま掴みかかりに飛び出したかったが、あのドラゴンのそばに立たれては手の出しようがない。
ドラゴンは、懐に立つ呪術王には目もくれない。やはり、ドラゴンは呪術王の配下か。
恐らくはあれが、ポポムたちが警戒していた、呪術王の兵器。『世界を滅ぼす魔法』。
俺は無言のまま、後方に立つ怪盗もどきと化け狸に合図した。事前に打ち合わせた通り、怪盗もどきと化け狸の二人だけで移動を始めた。
この状況下、三人で固まって行動するメリットは薄い…あれほどの怪物が相手では、戦ったところで三人まとめて殺されるだけだ。それよりは、別行動で挟み撃ちしたほうがまだ勝率が高い。
パーティ解散後、俺はしばらく呪術王の様子を見ようとしたが、もうそんな悠長な時間は残っていなかった。
メルトアにとどめを刺すためだろう。あのドラゴンが拳を振り上げ、倒れ伏したメルトアに狙いを定めた。あの剛腕の一撃に耐えられるやつは、まともな生き物ではない。きっとこのまま見過ごしたら、メルトアは無残な圧死体に変貌するだろう。
あ、あー。ダメだ。もう出よう。死ぬかもしれないけど。
思考がまとまらないまま裏路地から飛び出した俺は、ドラゴンと呪術王に向かって「待てぇ!!!」と叫び、ドラゴンとメルトアの間に割って入る。
ビクッと、呪術王が身体を震わせて動きを止めた。それと連動して、ドラゴンも拳を振り上げたまま静止する。
呪術王は心底驚いたように俺を見た。驚嘆と苛立ちが混ざったような複雑な表情が顔に出ていた。
「貴様っ…!?ガタラにいた羽虫か!!なぜ俺の島にいる!!?」
呪術王が焦燥のまま咆える。この大詰めの場面で横槍を入れられて、さらにその相手が羽虫と侮っている冴えない男だったら、まあ驚くだろうな。
俺も何か気の利いた台詞の一つを返せたら格好がついたのだが、舌がもつれて一言も漏らせなかった――告白すると、それはそれはもう、怖かったからだ。
言うまでもなく、あのドラゴンのせいである。威容に反して、生気を感じられない双眸が、遥か眼下の俺を射貫く。俺は蛇に睨まれた蛙のように、一歩も動けなくなった。
ダメだ。これは絶対に無理だ。ドラゴンと呪術王を引き離さないと、とても呪術王には手が出せない。それどころか、メルトアを連れてこの場から逃げるのも絶望的だ。
改めて対峙してわかった。ドラゴンの矛先がこっちに向いただけで、俺は瞬殺される。全ては、ドラゴンをどうにかできるかの一点にかかっている――
「――貴様、まさかとは思うが…その女の、仲間か?」
呪術王は素直に疑問を吐いた。その一言で、俺は正気に戻った。
…そうか、会話だ。戦闘がダメなら、会話して時間稼ぎする以外にできることはない。とにかく喋ろう。
「…おう、そうだ!俺の上司(ボス)だ!手を出すってんなら容赦しねえ!」
喋った瞬間、ゴッと轟音が響く。メラミ<火球呪文>が右耳をかすり、背後の壁を派手に破壊した。
被害が右耳だけで済んだのは、呪術王が左腕を突き出すのに合わせて、俺が上体を反らしたからだ。産毛が焦げたが大した問題ではない。
呪術王の目が大きく見開く。羽虫と侮る相手が、昨夜に引き続き今回も、自分の呪文を避けたのが気に入らないのだろう。
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