「――――――――」
「自分を悲劇の主人公みたく思い込んで、気に入らない連中をぶっ殺して回って――それでなんになる?
自分で殺した死体に対して、『これは俺のせいじゃない!!俺の中の化け物が殺したんだ!!』なんて、一生言い訳して生きる気か?
そんな勝手な言い分で、殺された側が納得するわけねえだろうが。卑しいぞ、お前」
「――貴様」
呪術王の顔が、徐々に怒りに染まっていく。
そう。俺は徹頭徹尾、正論しか言ってない。裏クエストでせこい罪を積み上げてきた自分を棚に上げて、呪術王を糾弾している。
慰めを求めるセンチメンタルな野郎に対して、正論を叩きつけることほど、心を傷つける所業はない。ましてや、その相手が無遠慮な部外者であれば、なおさら怒りは募る。
使えるものは何でも使う。自分に対する他人の感情も、徹底的に利用する。これぞ、地獄を恐れぬ裏稼業人の業。
「せめて、化け物やら魔王やらを気取るつもりならよぉ…自分の正義を振りかざせ。百人殺してお釣りが来るような野心を示せ。勝ち馬に乗る連中を熱狂させるような理想を掲げろ。
ヒト様を薪みたく火にくべるってんなら、『だからお前は死ぬべきだ』っていう、根拠を示せ。奪う命の責任を負え。そうじゃなきゃお前、死ぬまでかっこ悪いまんまだぞ」
俺は、腰に下げたはやぶさの剣を抜いて、呪術王に突きつける。これ以上ない、呪術王への宣戦布告。
呪術王は、涙を流しながら、顔を真っ赤にしてこちらを睨む。
まるで癇癪を起こしてだだをこねる子供のようだ――実際、そうなんだろう。年に対して、こいつはどこか幼い。
「貴様、貴様、貴様ァ…!!!」
「俺をとろかすような野望がねえってんなら――俺を殺そうとした責任、取らせんぞ。真っ向から、ぶち殺してやる」
呪術王は、俺にろくに反論もできないまま、憤怒で顔をゆがめた。
俺に対して、魔法使いのセオリーも何もなく、突進する気配を見せる――自分の配下のドラゴンを放っておいてだ。
「もう、いい。黙れ、黙ってくれ…!!黙らないなら、貴様から、殺してやる!!!」
もう、呪術王の罪もコンプレックスも何もない。シンプルに、小うるさい俺を殺しにかかるだろう。
よぅし、と。俺は無表情で、内心でほくそ笑んだ。 あの沸騰具合ならば、呪術王が直接殴りかかってくるだろう。そうでなくとも、あれほど平静を失っていれば、まともにドラゴンを操れまい。
この場で恐れるべきなのは、あのドラゴン『だけ』だ。ドラゴンと呪術王を上手いこと引き離せば、呪術王単体の処理はどうとでもなる。
俺がやるべきは、呪術王を徹底的に挑発して、呪術王自ら俺と戦わせるよう仕向けること。そいつが成功した今、あとは単純な喧嘩勝負に勝つだけだ。
俺は腰に下げた道具袋に手を伸ばし、戦闘態勢をとった。絶対に叩きのめしてやる!!
――そう、このときまでは全て、俺の思惑通りに事が運んだ。
ただ、俺は別に凄腕の戦士でも軍師でもない。悲しいかな、戦さ素人の立てた戦略には、大抵穴があるものなのだ。
ベキンッと。俺を殺すために呪術王が伸ばした左手の指がひとりでに、全て折れた。
「………は?」
俺と呪術王の声は、ほぼ同時に出た。呪術王は痛みも忘れて、突如骨折した左手を呆然と眺めた。
俺は、ぶわっと湧きあがった悪寒に従い、あのドラゴンを見た。
ドラゴンはモグモグと、肉を噛むように何もない空を咀嚼していた。
ぎょこっ、と異形の音が響く。白目を剥いていた眼球が、視神経を考慮せずぐるりと回転した。その双眸が、眼下の俺と呪術王を見た。
――竜の目では、なかった。この世と断絶する異空間から噴き出した、底なしの闇のようだった。
このとき俺のとった戦略に、明確な穴があるとすれば。この期に及んで、この紫色のドラゴンの底力を浅く見積もったことだ。
あの生気の感じられないドラゴンが『自ら』、主である呪術王の支配を振り切る可能性を、俺は考えていなかったのである。
そのツケは、すぐさま思い知らされることになる。
『――マルタヲホロボセ』
異形のドラゴンは、沼の泡が弾けるような不鮮明な声で、そう言った。
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