この場合、ジャックの戦闘技術が熟達していなかったのが幸いした――中途半端に戦闘技術があったところで、件のドラゴンはその全てを粉砕するだろう。「たたかう」コマンドが初めから欠落していたため、初手で逃げる選択ができた。ジャックとドラゴンの戦力差を考えれば、この選択が唯一の正解である。
ただし、戦う相手が『ドラゴン』である場合、もう一手用意しなければ、無傷で逃げ切るのは難しい。ブレス対策である。残念ながら、当時のジャックにその用意はなかった。
脱兎のごとく逃げ出したジャックに対し、ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。その腹部がはち切れんばかりに膨張する。
飛び出すブレスは地獄の業火か、白く輝く大寒波か。戦闘の場を面で制圧するその攻撃を受ければ、ジャックなど一瞬で蒸発する。
数秒後に訪れる惨状を覚悟したとき、もうひとつ動く影があった。ポッタルは、その人影を凝視した。
広場に大きく開いたクレーター――その中に倒れていた、女性の華奢なシルエットが、がばっと起き上がった。
潰れたままの顔に、金の瞳孔がきらりと閃くと、前方にいたドラゴンの真下に滑り込んだ。頭上に鎮座するドラゴンの首の一点を狙って、腕を突き出す。そして、ピンッと、デコピンのような動作で指を弾いたのである。
次の瞬間、パァンッと何かが弾けるような甲高い音が響いた。同時に、ドラゴンの首に大穴が開き、おびただしい血流が噴き出した。更には、行き場を失った炎が大穴から噴き出し、ドラゴンの首を焼き尽くした。
グォォォ…と、ドラゴンが呻くと同時に、その太い腕が空を切った。巨大な砲弾と化した拳は、自身の首をえぐった人影に叩きつけられた。
ゴキンッという硬質な音と共に、影の身体が嘘みたいに吹っ飛んだ。空を物凄い速度で滑空し、その先のレンガ倉庫をえぐりながらバウンドした。
「姐さーーーーーんっ!!」と、ポッタルは影に向かって叫んだ。
炎上するドラゴンは、首の傷を気にすることもなく、再び大きく息を吸い込んだ。
すると、広場の周囲にあった赤土のレンガが、急速に色を失っていった。その様子をぎょっと見つめたポッタルは、レンガに宿っていた魔力――レンガ街を形作るダンジョンゴーレムのカケラたちの魔力が、ごっそりと抜き取られたのを感じ取った。
一帯のレンガが死んだサンゴのように白く変色すると、ドラゴンの身体を包む炎が消え、首に開いた大穴がみるみる塞がった。ドラゴンが、レンガの魔力を強奪したのである。
傷が完治したドラゴンは、その闇の眼で広場の外を睨んだ。爆速で逃げ出したジャックの後背を捉えていたのだろう。
グォウ!!!と咆えたドラゴンは、両脚でズシン、ズシンと進撃し出した。
ドラゴンが離脱し、白一面の惨状を晒した広場に、ポッタルとエバンが呆けて座り込んだ。
ポッタルはぽつりと、「あいつ、足速ェ…」とこぼした。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7622137/