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――〇月×日 土曜日 昼十三時五十五分。
ガラァァン、ガラァァンと、鐘の音がレンガ街に響いた。
その鐘は、ダンジョンゴーレム由来のものではない。呪術王のアジトから持ち出せた数少ない魔道具のひとつだ。
魔道具の名称は『うみなりの鐘』。潮騒を連想する鐘の音は、半径約二キロの範囲に響き渡り、聴き届けた海の魔物を鐘の元まで引き寄せる。鳴らし手の魔力に応じてその効果は強化され、呪術王が万全な状態であれば、数百の魔物を引き寄せることもできる代物。
先刻まで、呪術王対策チームが戦っていた魔物――海から押し寄せるマーマンたち三百体を呼び寄せた、まさにその原因。
そして今また、その鐘の音が響いていた。鳴らし手は当然、鋳造者である呪術王カワキである。
あのドラゴン――しん・りゅうおうから逃れた後、彼はレンガ街の反対側、倉庫のような建築物の中に避難していた。
――が、その音は最初の発動時よりも弱々しい。これでは、そう多くの魔物は引き寄せられない。せいぜい数十が限度。
それでも、使わないわけにはいかなかった。満を持して投入したしん・りゅうおうが呪術王の制御を離れて暴れ出した今、呪術王が頼りにできる手勢など残ってはいなかった。
さらに、しん・りゅうおうに対抗できるはずのダンジョンゴーレムは、ゆっくりと死につつあった。しん・りゅうおうに取り付けた権能、周囲の生物・非生物問わずに魔力を吸収する機能が、最も近場にいたダンジョンゴーレムの魔力を、片っ端から飲み込んでいった。ダンジョンゴーレムの核――操作盤がエネルギーの急速な減少を示し、ぶつんと電源を落とすのを、呪術王は黙って見ることしかできなかった。
そして、最も深刻な事態。明らかに自身の魔力が減退している――と、呪術王は焦りとともに自覚した。
アストルティアにおける十年の生活において、魔力が枯渇したことなど一日たりともない。魔道具を作れば作るほど、魔物を作れば作るほど、魔力は枯渇するどころか前にも増して充実した。かつての世界でも感じたことのない充足感、万能感に、密かに酔いしれたほどだ。
それが今や、尽きかけている。理由は明白だ。魔道具を使うために消費した分、しん・りゅうおうを起動させるために捧げた分、あの『影のような女』との戦いで使った呪文の数々。過酷な状況で大技を連発した結果、経験したことのない勢いで魔力を失っていった。無尽蔵とも思えた魔力にも、底はあったのだ。
(…どこで間違った!!?)
打開策を見出そうと頭をフル回転させる傍ら、呪術王は焦燥と憤怒がないまぜになった思考で思った。
二年前、ベリルたち一味のアジトを潰され、復讐を誓って以来、世界を潰すための手間は惜しまなかった。
一度は失ったコンピュータを『コピー』の魔法で再生産したのを始め、『世界を滅ぼす魔法』を生み出すのに必要な機材を自らの手でかき集めた。世界中の野生の魔物たち六百万体を捕獲して溶かし固め、『魔王集合体』の生贄とした。かつて『銀行の魔法陣』の変換データを埋め込み、社会復帰した実験体たちを襲撃し、これを取り返した。
寝食を惜しんで手を尽くして、あと一歩、いや半歩で計画実行できる段階まで来た。今さら邪魔が入ったところで、用意した護衛の魔物と魔道具で返り討ちにできる、はずだった。
――認めよう、ベストではなかった。いかに呪術王でも、一人でできることに限度はあった。それでも、なぜ今になって、ここまで計画が瓦解したのか。
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