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――〇月×日 土曜日 昼十四時五分。
舞い戻った白いレンガ街の、倉庫らしき建物が並ぶ区画に着くと、俺は倉庫の中を調査して回った。
船の搬入用のでかい入口、ヒト大の普通の入口、全て片っ端から開けて回った。倉庫が何軒あるかなんて数えてない。奴がいそうな場所を、スピード優先で、手早く見て回る。
結果として、調査は二、三分とかからず終わった。突如響いたガンッという鈍い音を追って、そう大きくもない倉庫にたどり着き、奴を見つけた。
俺が奴…呪術王の姿を見たのと、奴が俺に気付いたのは、ほぼ同時だった。
その瞬間から、俺は呪術王以外のものを意識から排除した。サングラスをかけ直し、思考能力の全てを、眼前の憎き敵を倒すためだけにつぎ込む。
呪術王の背後の壁――粉々に砕け散った白いレンガの山の上に、大の字で倒れる怪盗もどきの姿も、一瞥しただけで意識から追い出した。
「――来たか、サル」
呪術王は、感情が読み取りにくい声で言った。
正面に向き直った呪術王は、満身創痍と言ってもいい姿だった。右の前腕が真ん中から真っ二つに折れ曲がって、ぼたぼたと血を流していた。恐らくは、怪盗もどきとの戦いの代償だろう。
だが、普通なら完治に数か月かかる重傷は、みるみる修復されていった。折れた腕はぐち、ぐちと、ゆっくりと正常な角度に戻っていって、傷ついた骨のカケラと皮膚の穴が塞がった。
ぐっ、ぱっ、と拳骨を開閉させ、手の調子を確かめた呪術王は、どうだ?と聞くように俺に視線をよこした。
打撃なんて無意味だ、とでも言いたいのか?ナンセンスだね。
「右肩、上がってねえぞ」
憮然とした俺の一言に、呪術王はむ、と驚いた表情を浮かべた。見透かされるとは思ってなかったのか、バツの悪そうな顔で目を背ける。
『紫色のドラゴン』と初めて遭遇したあの広場において、呪術王が左腕しか使っていなかったのを、俺は見逃さなかった。昨夜の戦闘を見るに、呪術王は右利き。恐らく、メルトアとの戦いで右肩を負傷したんだ。
前腕が完治して、右肩が治らない理屈は知らない。メルトアのことだから、リホイミ<経過治癒呪文>を無効化する裏技くらい持ってるだろう。どこまでも抜け目がないこと。
呪術王は、顎を上げて俺を見下ろすように睨む。俺は剣吞な目つきで、呪術王をねめつける。
数秒と置かず、呪術王が口を開いた。
「お前、恥ずかしくないのか」
「あん?何のことだ」
「あの、どす黒い女のことだ。俺の計画を滅茶苦茶にされて、散々思い知らされた。『百狼軍師』の軍勢も、『集合体』を殺しかけてる巨人も、オーガとエルフのよくわからん集団も、あのウェディもプクリポも、全部あいつの手のひらで踊っていただけだ」
「……」
「特に、お前だ。あの女はお前を英雄にするために、俺を生贄にするつもりだ。察しの通り、俺は過去最悪のコンディションだ。お前はほとんど無傷。こうして俺たち二人が対峙してるのも、全部あの女の指金だ――そうじゃなければ、お前は『この戦場自体にいるわけがない』。英雄でも怪物でもない、平凡なお前が」
「……」
「気付いてるか?お前、あの女に心底魅入られてるんだよ。影に魅入られてたが故、群を抜いて馬鹿を晒したのが、俺とお前だ。寸分の狂いもなく、あの女にいいように操られてるだけだ。
わかるか?今俺たちがここで戦ったとしても――」
「まだるっこしい話はやめようぜ、カワキ」
俺は手を振って、呪術王の話を遮る。
呪術王も、強引に話を引き戻さない。お互い、これが最後の会話だと理解している。
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