「しかし、噂もアテになんねえな。『二本角』って異名はどっから来たんだよ。生えてねえじゃん」
俺が軽口を叩くと、キリンは何も答えずニコッと微笑んだ。そして右手を顔の横まで上げて、こめかみを軽くトントンッと叩いた。
ビッ、と、指を弾くような音が響いた。その瞬間、キリンの髪で覆われた後頭部から黒い何か――硬質な角が現れた。
思わず目を見張った俺を見て、キリンはクックッと、心底楽しそうに笑った。
「わたしの姿形ほどいい加減なものはないよ、用心棒くん。暗殺なんて因果な商売をしておいて、いつ何時も同じ姿でいるわけがないだろう?角の生やす、生やさないくらい造作もない」
「……モシャス<変身呪文>か!!」
「そ。あの裏クエスト屋の男も、そのくらいのことは推理していただろう?わたしは常に五、六人の姿を使い分けながら活動している。どんなスパイであっても、『わたしが本当は誰なのか』突き止められたものはいない…」
再び、ビッという短い音とともに、キリンは『変身』した。俺と同じくらいの背丈だったウェディの姿が消え、その三分の一ほどの人影が現れた。知らないドワーフの女だ。
ドワーフは、メルトアだったときよりも幾分高い声で話を続けた。声音を変えてるだけとは思えない、別人の声だった。
「もっとも、わたしのこれ(モシャス)は、ただの幻覚じゃない。本当に変形している。異種族はもちろん、肉、骨格、声帯の形、目の色――」
そう語りながら、キリンは目の前で次々と姿を変えていく。ドワーフの顔が消え、エルフの女が現れた。くるりと回ると、プクリポが現れた。一歩後ろに下がった瞬間、メルトアではないウェディの女が現れた。
舞を踊るようにくるくると歩きながら、カシャカシャと、写真をすり替えるように、目にも止まらぬ速さでキリンは変身を繰り返した。そのすべてが別の種族、別の背丈、別の肌色、別の声。どれほどのバリエーションがあるというのか。
それは、かつて化け狸に見せられた変身劇よりも堂に入った、一人だけのドレスアップショーだった。
圧倒される俺の目の前に、キリンが立った。黒髪の人間に変わったその背丈は、俺とほぼ同じ身長だった。いたずらっぽく、その右手が差し出され、俺の左耳を触った。
「全部が全部、本物だ。かといって、そのすべてがわたしの『正体』ではない。
わたしに狙われて生き延びるには、わたしの正体を見抜かないといけない。結果として、わたしから逃れた者は、いない。そういうものだ、わたしは」
金の瞳に射すくめられる。縦に細長いキリンの瞳孔は、竜の瞳を連想させた。
息を呑んだ俺は、身動きが取れなくなった。
「なーんちゃって!!」
俺の反応をひとしきり楽しんだのか、キリンは急におどけた。俺の耳から手を離した後、からかうように手をぐっぱっと開閉してみせた。
俺のむすっとした顔をよそに、キリンが踵を返すと、彼女は再び変身した。影が暗転し、再び人影に色が差すと、その姿は今までのような『少女』ではなかった。
背丈は俺の目線より頭ひとつ高く、今までの姿の中で最も大きい。肌はくすんだような赤色で、ほうれい線や顔の皺は不惑を過ぎた年代を思わせる。額からは小さな角が生えている。
オーガの姿を取ったキリンは、どっこいしょ、と難儀そうに椅子に座り、にやにやと俺を見た。
先ほどまでの少女の姿よりも随分貫禄がある。こういう姿なら、キリンの非常に図太い精神とも見合う気がする。ひょっとしたら、これがキリンの本来の姿なのかもしれない。
なるほど、というかやっぱりというか、キリンはおばはんだったのか。妙に得心した俺をよそに、キリンは話を続けた。
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