「ご覧の通り、本来のわたしはただの冴えないおばさんさ。それを捕まえて『暗殺者の王』だの『怪物』だの、ひどい言いようだと思わない?
わたしなんて、ちょっとヒトより殺しが上手いだけの、ただの呪文使いさ。誰も彼も、そんな簡単なことがわかっちゃいない。どいつもこいつも面白いくらい騙されちゃうんだから……
そういうわけでさ、君も肩肘を張らないでくれよ」
キリンはケラケラと笑った。不真面目な態度にイラっとしたが、ここで怒ってもしょうがないのでスルーする。
ふと、キリンの笑い方が記憶の片隅をちくちく刺激した。なんか、似たような笑い方をするヒトが知り合いにいたような気がする。
誰だろう…などと考えこみそうになったが、今はそんな場合じゃない。気を取り直してキリンと向き合った。
「あんたのことはわかった。まさか、あんたみたいな有名人が関わってるとは思わなかったよ…借金を取りにくるって口実で、俺を定期的に監視していたな?」
「監視、というより、経過観察かな」
「経過観察?何の?」
「頭の治療の、さ」
キリンは窓の方に視線を置きながら、言葉を整理するようにゆっくりと話し始めた。
「呪術王カワキと『数字の海』のことは、既にあの男(店主)から聞いているね?借金絡みのいざこざで、君は呪術王傘下の闇組織に捕らわれ、呪術王カワキに被験体として引き渡された。その実験の結果、君の頭に『数字の海』が埋め込まれたんだ。
脳の記憶領域の八割を魔力的なゴミデータで埋め尽くされた君は、呼吸以外の何もできない植物状態に陥った。君はその状態のまま地下牢に放り込まれ、食事も水も与えられず、死を待つ身となった。君は覚えていないだろうけど――当時の君は本当にぎりぎりの容態だったんだ。食事はおろか、水の一滴も自分の意思で摂ることができないから、肉体の衰弱が著しかった。元より使い捨てられる前提の実験、恐らく救出がもう一日遅れていれば、君は栄養失調と脱水で、本当に死んでいただろう。
幸運だったのは、ちょうどその頃、世界警察の呪術王対策チームによる『呪術王の一味捕縛作戦』が実行されたことだ。呪術王のアジトの急襲と同時に、奴らに捕らえられた被害者の保護が行われた。その際に、わたしが君を保護したんだ――それが、二年前のことだ」
そこでキリンは言葉を切り、目を細めた。直接こちらを見ないようにしたのは、何かの感情を刺激されたくなかったのか。
昔日を思い出すような表情は一瞬のことで、キリンはすぐに話を再開した。
「まず、頭を治さないことには治療もままならないと判断したわたしは、君の頭の中にあったゴミ――『数字の海』を大部分取り出した。わたしの方の記憶領域は、どうやらヒトよりも広いようでさ、取り出した『海』をどうにか引き取ることができた。そしてゴミを消去したことで、君の頭も正常の動きを取り戻し、ほどなくして食事を取れる程度の回復はした――」
「ちょ、ちょっと待て。なんで暗殺者のあんたが、そのまま俺を治療する流れになってるんだ?
それに、あんたはどういう立ち位置なんだ?捕縛作戦に参加していたってことは、あんたは世界警察のメンバーなのか?」
「違うよ、わたしは世界警察じゃない。わたしは表向き、どこの勢力にも属していないことになってる。六国の王たちも、世界警察も、わたしのことを認知していない――一部の協力者を除けばね。
あの作戦には、本来参加するはずだったメンバーと、秘密裏に『入れ替わって』参加したんだ。このことは、当時の作戦立案者も知らない。当然、他の作戦参加メンバーもだ」
「い、入れ替わりって……」
成りすまし、ということか。結婚詐欺師のメルトアに成りすましたように、モシャス<変身呪文>で作戦に潜り込んだのだ。
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