認めるのは業腹だが、キリンの戦闘力は、本物だ。それは天性の資質だけじゃなく、長い長い訓練と実戦を繰り返して培われる、達人の強さだ。世界を見回しても、キリン並みに強い冒険者は何人といないはずだ。
だったら、俺がいくら修行したって、二年程度でキリンに追いつけるわけがない。年季が違い過ぎる。
「――いや、待てよ。あんた結局、カワキの暗殺には失敗してるじゃないか。俺がカワキを世界警察に引き渡した時点で、奴の暗殺は不可能になっちまった。
そもそも、俺は奴を殴り返すことしか考えてなくて、殺すなんて覚悟も地力もなかった。あんたも、奴を殺せとは言わなかった。あんたの目的からしたら、俺は何の役にも立ってない。むしろ、邪魔者だ」
「……」
「あんたの二年間の工作を不意にしちまったことは……その、悪かった。俺は、あんたが期待してる役割を果たせなかったのかもしれない。
けど、わからねえもんはわからねえ。暗殺が失敗するリスクを負ってまで、俺をこの件に最後まで関わらせたのは、一体なんでなんだ?」
俺の問いに対し、キリンはこちらの目を真っ直ぐ見た。誠実な眼差しに見えた。
一拍だけの沈黙が過ぎ、キリンが口を開いた。
「君が謝る筋の話じゃないよ。暗殺が失敗したのは……まあ、怒られる話ではあるけど、それはわたしがしくじったというだけのことだ。君が責任を感じる必要はない。
そもそもが『王国』の無茶ぶりから始まった任務だからね。連中とも随分と前から折り合いが悪くなる一方だったんだ。失敗したらしたで、いっそせいせいするだけだ。
それに、ね。わたしにとって、君を生かすことの方が、『キリン』の任務よりも大事なものだったんだ」
「そ、そんな話があるかよ。世界の敵を倒すより、俺の社会復帰を優先するような道理がどこにある?」
「あるとも。それこそが、わたしが誰にも明かしたことのない秘密だ。わたしも腹を決めた。君だけにそれを打ち明けよう。
二年前に君を攫ったのは、何かに利用できないかと考えたから……と言ったのは、実は嘘だ。本当は、初めから君を保護するつもりだった。
わたしには『王国』の命よりも優先すべきヒトがいる。君もよく知っているヒトだ。そのヒトから頼まれたから、わたしは君を攫い、全面的にバックアップしたんだ」
「……だ、誰なんだ、それは」
「君の母上だ」
キリンがただひと言、簡潔に答えた。
最初、俺は耳から入った単語の意味がわからなかった。聞こえた音声を改めて咀嚼し、意味を再認識した途端、視界がぐにゃりと曲がった。
「――なんだって?」
俺は目の前の机をバンッと強く叩いた。一瞬だけ、木製の机が震える。
俺の母――エレン・ルマーク。四年前に喧嘩別れしたオーガ族の養母である。
「な、なんでここで母さんが出てくる!!?母さんまであんたと接点があるなんて、そんな馬鹿な話がっ…!!」
「あるさ。彼女が昔は『地上最強の軍人』と呼ばれて、華々しい活躍をしていたことは知っているだろう?
詳細は省くがね、わたしが昔携わった仕事でしくじって、彼女に命を救われたことがある。それからは仕事の合間を縫って、彼女の願いをできる限り叶えてやるようになった。わたしにとって彼女は、『王国』よりも大事なヒトなんだ」
キリンは胸に手を置いて、何か暖かいものを思い出すように目を細めた。儚げなその所作は真に迫っていて、演技や嘘で言っているようには見えなかった。
裏社会で恐れられる怪人が、使命よりも大切と言い放つ人物。それが俺の母親なのだ、と。信じがたいが、嘘とも言い放てない真摯な言葉だった。
「その息子の君が、家出の末に闇組織に捕まった。二年前の作戦の前に、彼女に泣きながら頼まれたよ。息子を助けてくれ、とね」
キリンの竜の眼差しが、再び俺を射止めた。爬虫類のような縦の瞳孔には、いつにも見ない柔らかさが宿っていた。
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