お互いの治療もそこそこに済ませた後、母はなぜか「飲み、行くぞ」と言い出した。俺は身体に障るからやめとけと言ったのだが、引き留める俺の腕を持ち前の怪力で引きずり回し、まるで止まる様子がない。そのうち俺の方が根負けして、住宅村の何丁目か離れたところにある、小さな居酒屋に行った。
無愛想なドワーフの店長以外に客のいない、閑古鳥が鳴く店内のカウンターに座って、俺と母は積もる話を始めた。
話は目下、俺のこの四年間のことの報告に尽きた。
家出直後、馬車を乗り継いでヴェリナードに行き、魔法戦士団に入団したこと。友人の連帯保証人となったことで、その栄誉をふいにしたこと。
借金取りから逃げ回った末捕まったこと。捕まった先で借金の返済を迫られ、裏クエストに参加せざるを得なくなったこと。
モリナラ大森林での初仕事、ポポムに捕まり、俺を囮に仕事仲間を一網打尽にされたこと。ポポムからも店主からも折檻を喰らい、ようやく放免されたこと。
また裏クエストを受け、バトルマスターの証を盗み出すべく、とあるバトルマスターに弟子入りしたこと。何か月かの指導を受けた末、証を盗むはずが師匠に財布を持ち逃げされ、またしても仕事に失敗したこと。
三度目の裏クエストでようやく成功し、初任給を受け取ったこと。人さらいの援護。麻薬取引現場の警備。なんかよくわからん代物の運び屋。敵対するマフィアの排除。とある霊草の採取のため、雪山へ向かったこと。強盗団の援護。
俺の抱えた借金が、実は借金ではなく詐欺だったこと。ポポムの助けを借りようとした矢先、わけのわからない怪人との因縁が判明したこと。戦争。
裏社会での仕事に彩られた生活。酸いことばかり起きたが、色々なやつに騙され、助けられた二年間。我が汗と涙の青春。話すべきことはすべて話した。
母はその間ずっと、俺の話を静かに聞いていた。
裏クエストを受け始めたくだりから、爪楊枝の頭で脇腹をちくちく刺され、「馬鹿」「あほ」「ぼんくら」「ねじるぞてめえ」と散々なじられたが、まあ概して静かに聞いてくれた。
オールドレンドア島での決戦を終え、こうして帰ってきたことまで、かなり長い時間をかけて話終わると、母は神妙な顔つきで俺を見た。
「あほみたいに頑張ったじゃん、あんた」
「褒めてんの、それ」
「褒めてるよ。表の仕事も裏の仕事も、あんたは真っ当に、最後までやり切った。そりゃあ悪事は許せないけど、それを除けばあんたはずっと誠実だった。そこだけは、あたしも誇らしいわ」
「悪事を除いていいんか。母さん仮にも元軍人だろ」
「まあ、そうだけど。よく考えたら、あたしらの若い頃も、裏クエストみてえなことはしてたわ」
「うぉい!」
「どっかの怪しい賢者のブツの運び屋とか、グレンでパイプふかしてた暴走族をシメたりとか、ばりばりグレーなことしてたわ」
「親子そろって何してんだ!」
「あの頃は色々緩かったんだよ……そこら中に悪党の類がいて、法的に怪しい仕事をガキに振って、好きなようにこき使ってるような無茶苦茶な時代だった」
母は短くため息をつき、居酒屋の壁の染みを見つめた。遠い記憶を投網で手繰り寄せるような緩慢さだった。
「まあ、だから、あたしも偉そうなことは言えねんだ。根が悪党だからさ、説教も身が入らない。血のつながりはないのに、似てほしくないとこが似ちまったもんだわ」
「似て当然だ。これでも母さんの子供だから」
「ほれ、その減らず口。誰かに似てるかと思ったら、昔の旅仲間にそっくりなんだ。口のやたら上手いおっさん。あたし以上に接点ないのに、なんでだろね?魂が似てンのかな」
「誰だそりゃ」
俺の話への講評も言葉短く終えて、母は昔話のフェーズに入った。俺は遮ることなく母の話を促した。
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